牧師であられる、親愛なる友、坂実雄さんに質問させて下さい。

聖書では、統制する神は「生ある万物を破壊してはいけない。生み増え満ち溢れるように見張れ」とあり

とあなたはFacebookに投稿されましたが、下記のことはどう解釈したら良いでしょうか?
納得の行くご説明ならキリスト教に入信することを考えたいのでご回答を宜しくお願いします。

1492年 コロンブス大陸発見
1493年 コロンブス、誠意あるお付き合いを求めてきたインディアン大量殺戮
1620年 メイフラワー号アメリカ到達
乗客は102名、乗組員は25から30名。102名のうちおよそ3分の1がイギリス国教会の迫害を受けた分離派に属していた。このピューリタン(名称は清潔、潔白などを表す「Purity」に由来し転じて頑固者や潔癖者を意味するなど本来は蔑称)の非国教徒の一派が信教の自由を求めてこの船に乗った。そのため、アメリカ合衆国にとってメイフラワー号は信教の自由の象徴であり、歴史の教科書で必ず触れられている。

19世紀になると、「インディアン強制移住法」を制定したアンドリュー・ジャクソン大統領によって、「保留地制度に基づく強制移住に従わないインディアン部族は絶滅させる」とする「インドの撤去ポリシー」が推し進められた。

1862年 キット・カーソンによる殲滅戦に降伏したナバホ族も、300マイル(約483km)以上離れたボスケ・レドンドという灼熱不毛の地に徒歩で強制移住させられた。

1865年 「良いインディアンは死んだインディアンだけだ」西部の侵略、先住民の虐殺が加速していった19世紀後半、元北軍の司令官の一人だったシェリダン将軍の言葉。

1890年12月 サウス・ダコタでスー・インディアンが300人以上が殺されたウーンデットニーの虐殺でインディアンの組織的抵抗は終わりを告げた。

⚫️キリスト教徒がインディアンに対してして来たこと
インディアンは土地を所有することを知らなかった。土地は空気や水と同じように、部族のすべての人の物であった。白人入植者は「契約」という概念を知らず、文字も知らないインディアンに契約書に×印をサインの代わりに書かせて土地を奪っていった。
19世紀になると、「インディアン強制移住法」を制定したアンドリュー・ジャクソン大統領によって、「保留地制度に基づく強制移住に従わないインディアン部族は絶滅させる」とする「インドの撤去ポリシー」が推し進められた。

アメリカ合衆国憲法の第1条第2節3項では「アメリカインディアンは課税対象とせず、アメリカの公式人口統計には含めない」とされている。つまり、インディアンはアメリカ国家とは別であり、アメリカ政府と条約を結ぶ「外国」として扱われてきた。1924年のインディアン市民法で、「インディアンをアメリカ国民とみなして課税対象とする」とした。しかし憲法の修正は行われていない。

⚫️リチャード・ヘンリー・プラットについて
1875年 カイオワ族、コマンチ族、シャイアン族、アラパホー族他の対白人抵抗戦の指導者・戦士たちはフロリダ州のセントオーガスティンにあったマリオン砦に護送され、無期拘留の囚人となった。ここで死んでいくインディアンたちを見たリチャード・ヘンリー・プラット少尉は、彼らを牢から出し、英語の読み書きを教え、パン職人、水夫、漁夫、農夫などとして職業訓練を行い、三年後には、彼らが白人の生活に順応できるようになったとして釈放させた。この経験を元に、プラットはインディアンを子供の段階から一般の農夫や労働者に同化しうる「生産的なアメリカ市民」として育てるべく、以下の理念でもって、1902年カーライル校の初代校長となった。寄宿学校の目的を、「インディアン(性)を殺し、人間(性)を救うこと(Kill the Indian, Save the Man)」だと言いました。インディアンを白人のように作り変えること、英語を教えキリスト教に改宗させ文明化することを使命だと考えた。