地震が起こった時、アルマゲドンを見ていました。

人々がパニックになって逃げまどうけど、小隕石が落ちてきてみんな吹き飛んでしまうという場面があり、それを見て、自然の前には人は無力なんだなぁと改めて思っていた時の地震でした。


地震が起きて津波で大勢の方が亡くなられました。

映画のような光景が実際に起こっていたのかと思うと、ぞっとしました。


結婚して子供ができて、家族を持つようになってから余計にこのような出来事は考えさせられます。

今回もたくさんの未来ある子供達が命を奪われました。

ほんまに心が痛いです。


さて、題名の地震保険なんですが。

ちらほらと周りの方から「地震保険が・・・」とかいう話を耳にします。


それを聞くたびに、その時に生きていられるかどうかもわからないのに保険に入るの??

と思ってしまいます。

生きられて、状況が落ち着いて、さぁ家どうしよう??ってなる部分なのに、そこを真っ先に考えておられる方たちに疑問を感じます。


そんな保険にはいるかどうかを考えるよりも、その時にしっかりとした対処ができ、少しでも生存確率を上げれるようにいざというときの準備を行っておくほうが先決なように思いますが・・・



こんにちは。マスター@ミラージュです。
被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに、犠牲になられた方々とご遺族の皆様に対し、深くお悔やみを申し上げます。

僕は大阪に住んでいるので、幸い被害はありませんでした。
15年ほど前、豊中に住んでいた僕は神戸の震災を思い出しました。豊中は北摂なので神戸ほどではないにせよ、かなり揺れた地域でした。

震災からしばらくの間は、家族全員が震度1の余震でもとび起きて机の下に隠れるという恐怖の毎日を送っていたのを覚えています。

被災された方々も恐怖の毎日を過ごしていると思います。僕たちでも出来ることは寄付と献血じゃないでしょうか?

献血は最初は集まり過ぎて供給過多になるそうですが、献血の血液は3週間しか使えないそうなので、1ヶ月を過ぎてからが足りなくなるそうです。
なので献血するなら1ヶ月程度して、落ち着いた頃が良いかもしれません

今回の地震はニュージーランドの地震が関係しているとの噂ですし、関西でもいつ地震が来てもおかしくないと思いますので、マニュアルを転載します。


【持ち物】
□現金
□身分証明書
□印鑑・保険証
□飲料水(1人1日3リットルが目安)
□非常食(缶詰・お菓子等)
□携帯電話と非常用充電器

□ティッシュ
□タオル(5枚くらい)
□懐中電灯
□ラジオ
□雨具
□カイロなど、防寒具 ※1 追記へ
□軍手、手袋
□マスク(防寒や、煙を吸わずに済む)
□ゴミ袋(大きい方がよい。防寒や防水、器代わり)
□サランラップ
□輪ゴム(数本でOK)
□毛布
□新聞(防寒)
□家族の写真(はぐれた時の確認用)
□ホイッスル(生存率が格段に上がる)
□メガネ ※2 追記へ
□いつもの薬
□生理用品(必須) ※3 追記へ

□音楽プレーヤー(音楽を聴いて落ち着ける、物によってはラジオ機能有)
□布テープ(あると便利)
□クッション(できれば。頭を守れます)
□缶きりや小さめのナイフ(体育館などでの避難生活が続く場合)

※4 追記へ

【緊急行動パターン】
・ドアをあける
・荷物は玄関へ
・底の厚い靴をはく
・ガスの元栓を締める
・出来るうちに携帯充電
・停電時、ブレーカー落とす
(感電の恐れがあるので、
家中のコンセントを抜いてからの方が安全です)

・24時間は地震が続くだろう
・とりあえず落ち着く

・災害用伝言ダイヤル171の利用(避難場所も伝える)
・電話は最低限
・Skypeなら使える ※5 追記 海外にいらっしゃる方へ
・警察を偽った詐欺電話に注意


【避難時の注意】
・倒れかけのタンスや冷蔵庫に近づかない
・ガラスや塀に注意
・壁の亀裂や柱の傾きは倒壊のおそれあり、即避難
・狭い道、崖沿い、川沿い、海を避ける
・海沿いの人は高台に避難
・ヘルメット着用。ヘルメットがない場合、雑誌を頭にのせてタオルで巻く。
・火が付きやすい化繊や綿の服を避ける
・マスクや濡タオルを装備する
・火災時は風上へ
・車は走るのをやめて路肩に寄せて停める
・車がある方は、窓を全開にしてラジオを大音量で流す(できれば)


【地震が起こる前なら】
□ヘルメットはあるか
□非常食の蓄えはあるか
□水の蓄えはあるか
□応急処置セットはあるか
□寝袋はあるか
□非難所・非難所までのルート
□靴下を履いて寝る
□スリッパ(できれば底の厚い靴)を手元に置いておく
□カーテンを閉めておく(ガラスの飛散を防ぐ)
□ドアにタオルを挟んでおく

今日は夜番だったため、目が覚めたのが15時過ぎ辺り。

ベッドの上でボーっと天井を見上げていると、何やら立ちくらみのように

景色がグルグルと歪みました。


一瞬、体調不良か?と思いましたが天井のライトがグラグラと

揺れているのを見て「あ!地震!」と気づき、急いでパソコンを

立ち上げると・・・・なんと三陸沖で大地震発生。


大阪では「揺れた」程度で済みましたが、被害の規模は拡大の一方。

地震、津波の被害に加えて原子力発電所も危険な状態にあるようで、
今回の災害はとてつもなく甚大になる可能性が出てきました。

テレビの映像でも動いている車が津波に巻き込まれていたり、
家屋が紙かベニヤで出来ているかのように簡単に大破して
跡形もなくなったり・・・


あまりにも非現実的な光景に声も出ません。


一刻も早い復旧と無事をお祈りしたいと思います。


私の地元の静岡もかれこれ40年以上も前から東海大震災が
「明日起こってもおかしくない」状態。


小学校に入ると全員が防災ずきんを用意して椅子の背に括りつけて
おくわけですが・・・これって静岡だけの光景らしいですね。


実家を建て直したときにも、地震で倒壊することがないよう
滅茶苦茶頑丈に作った模様。
地震で壊れたりはしない代わりに、そのまま地面に沈むかも(爆)
と実家の父が言っていました(^^;


小さい頃は地震よりも台風の被害が大きかった記憶があります。

元々風が強い地域ではありますが、台風の中、下校中に傘が吹き飛ばされて
空高く舞い上がっていったときには子供心に感動してしまいました。


最も被害が大きかったのは・・・私が中学校1年生のとき。
土手を超えて川が氾濫、川の近辺の家ではブロック塀の上から
川の水が家屋に注ぎ込むという床上浸水どころか塀上浸水(爆)
泳いで逃げたという凄い大雨台風となりました。


私の実家の前のどぶ板の穴からは1m以上も水が高々と噴出し、
まるで小さな噴水がズラッと並んだかのよう・・・
普段は汚いどぶなんですが、妙にきれいな光景と化していました(^^;

川にかかっていた橋も流されて、東海道線は分断。


当時、電車通学していた私は「これでしばらく学校も休みかも」
と不謹慎ながら喜んだものですが、強引に車で通学させられて
ヌカ喜びだった・・・とため息をついたのを覚えています(笑)


私が通っていた中学校は道路を挟んで別の中学校と隣接しており、
この台風による大雨でどちらの中学校も完全に水没したわけですが、
たまたま少しだけ横の中学校の方が土地が高かったため、たまった水が
全部ウチの中学校の運動場に流れ込み、さらに水位は倍(爆)。


中庭にあった池の鯉が逃げ出して巨大な池となった運動場で
スイスイと気持ちよさそうに泳いでいたのには思わず笑ってしまいました(^^)


水と一緒に粘土質の土も流れ込んだため、運動場の水はなかなか引かず、
少し乾いたかと思うとまた雨が降って元の木阿弥に・・・
運動場はずっと使用禁止で、この年の運動会も別のグラウンドを借りて
行われることになりました。


結局、完全に乾いたのは夏も終わり、冬の気配が近づいた11月。
干からびてひび割れ状態になった粘土を全校生徒で拾い集めて
改めて砂利を入れて・・・やっと台風の爪痕が消えてくれました。


・・・そういえば、この年を最後に大きな台風が静岡には
来なくなりましたね。
風向きか何かが変わったんでしょうか?


今回の地震はこれまでに見たこともないような津波の被害も
重なっているわけで、復旧には長くかかってしまうかもしれません。
家屋や道路だけでなく、塩にさらされた田畑や流されてしまった船舶・・・
土砂崩れ、水道管やガス管の破損など問題は山積みです。


まだ雪が残る季節。


被災地の方々の体調面も心配ですね。


本当の意味での春が一日も早く来ることを祈りたいものです。


                by プシケ ポケットのついていないドラえもんマスター