煉獄の霊魂の為に祈る⑥


聖母は御自ら 聖ブリジッタに「煉獄の霊魂の御母」の称号を啓示された。

 


<聖フィリポ・ネリと煉獄の霊魂>


聖フィリポ・ネリは煉獄の霊魂の救いの信心に最も熱意を向けましたが、聖人は自分の霊的な子供達が死後に自分の前に出現し、煉獄から解放される為の聖人の祈りを願うか、煉獄から解放された事を聖人に告げて感謝する為に来るという事を明かしました。聖フィリポ・ネリが息を引き取った後、フランシスコ会の司祭が聖フィリポ・ネリの霊魂の為に熱心に祈りを捧げていると、聖フィリポ・ネリが栄光に包まれて出現し、祝された霊達の光り輝く列に囲まれてその真ん中にいました。司祭は聖人に、この祝された霊達の光り輝く列は一体何でしょうかと尋ねました。聖人は、これは自分が煉獄から解放した霊魂達であり、この霊魂達が、自分を天のエルサレムに導く番になったと答えられました。



<尊者マリード・アンティグナの話>


尊者マリード・アンティグナは、毎日「十字架の道行」の信心を行い、その功徳を煉獄の霊魂の解放の為に捧げる事を日課としていました。しかし後に、その信心業を行わなくなりました。ある日、同じ修院の姉妹が亡くなり、それから少しして、その姉妹の霊魂が尊者マリード・アンティグナに出現してこう言ました。「私の愛する姉妹よ。貴女はもう、全く煉獄の霊魂の解放の為に「十字架の道行」の信心を行いませんか?貴女は毎日その聖なる修練を為した事で、我々を解放したではありませんか?」姉妹の霊魂が尊者のに語りかけている時、我らの主が御出現になって言われました。「わが娘よ、知れ。『十字架の道行』の信心は、煉獄の霊魂の為に非常に有益な物であり、最大の功値における1票の構成要素である。なぜ私がこの霊魂に(出現を)許したか、それは彼女の為と他の者たちの為に、貴女に伺わせる為にである。また死者との頻繁な交流の恩寵は、この信心業の修練の貴女の厳正さに計上された物である事を知れ。それ故、また(自分の捧げた信心業によって解放された)これらの栄光に満ちた霊魂たちはお前の為に祈る事、そしてわが裁きの法廷にてお前の為に嘆願する事を決して止めぬのである。お前の姉妹たちに、この宝を知らしめよ。彼らの為、そして死者の為に、この溢るる物より汲み出させよ。」



<英国の領主のプロテスタントの礼拝の罪の話>


英国のある領主は、カトリックに信仰を持っていましたが、宮廷ではいつもプロテスタントの礼拝に出席し、それを隠していました。ところがある日、事故に遭って領主は急死してしまいました。数年後、領主の未亡人が再婚して何人かの子供を儲けました。1人の娘はアランデルといいました。アランデルはこの様に証言しました。「ある日、私の母がイエズス会修道士で後に殉教者となったコルネリウス神父に、最初の夫であったジョンの霊魂の安息の為に聖祭を唱えて欲しいと願い出ました。コルネリウス神父はそれを約束し、祭壇に向かって奉献している間、ジョンの霊魂の様子を幻視しました。それは巨大な木々が生い茂る中にある、広大な竈の様な場所で、火が覆い尽くす様にして燃えていました。その火の真ん中に、あの領主の姿があり、領主は嘆き泣き叫んでいました。領主は曾ての罪を悔いていました。コルネリウス神父は、それを見て沢山の涙を流し、神父からをそれを聞いた我々24人の親族もまた涙を流しました。神父がそれを我々に告げている間、我々は祭壇に面した壁に、炭で燃えている炎の様子が映し出されているのを見たのです。」



<聖カタリナ・デ・リッチと服従の徳>


「死者の日」に聖カタリナ・デ・リッチは原稿を書く仕事を命じられました。その執筆の仕事で、1日が過ぎてしまいました。聖女はこの日、煉獄の霊魂の解放の為の祈りや信心業を捧げる事を望んでいましたが、服従の徳の試みによって、聖女はこの仕事が命じられました。すると、我らの主が出現されて言われました。従え、わが娘よ。服従の徳によって命じられたこの仕事を行い、服従と慈悲の精神によって、今日書かれた一行ずつを煉獄の霊魂の為に捧げよ。煉獄の霊魂の解放が得られるであろう。この様に、自らの仕事を犠牲として、煉獄の霊魂の為に捧げる事ができます。



<コルナルド修道士の話>


しばしば聖会の妨害をしてしまった1人の若い修道士が、幸いないる改悛の恵みを受けて亡くなった数日後、コルナルド修道士が祭壇の前で祈りを捧げている時、祈りを嘆願する声が聞こえてきた。修道士は尋ねた。「貴方は誰か?」「貴方が熱誠へと私を蘇らせた、あの若い修道士の霊魂です。」「しかし、貴方は聖なる死を遂げたのではないか?貴方は今なお、祈りを大いに必要としているか?」「私は善き死を遂げ、救霊(助かり)を得ました。しかし、私の曾ての罪はなお計上されており、罪の償いを果たす時間がありませんでした。私は懲らしめに最も恐るべき苦しみを受け、私の為の貴方の祈りの助けを拒絶されません様にお願い致します。」コルナルド修道士は直ちに 聖櫃の前で「死者の為の祈り」に続けて「主祷文」を唱えた。すると、あの霊魂の声で「ああ、私の善き父よ!貴方の祈りが、私の為にどれほど憩いを得させて下さいますでしょうか!もっともっと!貴方が祈られる時、私は大いなる安らぎを味わう事が出来るのです!」と泣き叫ぶ声が聞こえてきた。熱意を新たにして、コルナルド修道士は「主祷文」を百回唱えた。そうすると、言葉で言い表せぬ喜びを持って霊魂は「私の愛する父よ、天主の御名によって感謝致します。私は解放されました。御覧下さい!私は御国に入ります!」



<聖マグダレナ・デ・パッヂ童貞の姉妹の霊魂の話>


聖マグダレナ・デ・パッヂ童貞と同じ修院で、病に伏せり聖女によって看護された姉妹が息を引き取った。棺に納められた遺体が教会に置かれ、聖女がそこに行くと恍惚の状態に入った。聖女はそこで、その姉妹の霊魂が喜びに包まれて天つ御国に昇ってゆくのを見た。我らの主は、この霊魂が煉獄に僅か15分ほど留まっただけであったと教えられた。なぜならこの姉妹は、イエズス・キリストの功徳の徳の内に注意深く公教会より免償を得て、それを自分の霊的な子らに与えたからであった。



<福者エミリアの話>


イタリア・ヴェルチェッリの修院の副院長で、ドミニコ会の修道女であった福者エミリアは、煉獄の視点における服従の精神に啓発されました。そして、食間に水を飲もうとする時には、上長の許可を得なければ飲めない事とし、その様にして、飲もうとする水を 天主の御目の内に犠牲として捧げさせました。この修院には、マリア・イザベラという名の修道女がおり、少し軽率な所がある修道女でした。この修道女は祈りを短く切り上げたり、聖務日課を唱えるのも怠りがちで、命じられた務めを果たす事を嫌がり、聖歌を歌い終えた後は、いつも真っ先に列から離れました。ある日、聖歌を歌い終えて、また真っ先に列から離れると、福者エミリアが彼女を止めて言いました。「私の良き姉妹よ、急いで何処に行こうというのですか?」「他の姉妹達より先に出る事を、なぜ貴女はそんなに心配されるのです?」「これは全く、大変良い事です。しかし姉妹達の中心に、ゆったりと腰掛けられていらっしゃる天主の賛美を歌うのに充分値していなければ、貴女は煉獄に行き、炎の中に留められるのではないでしょうか?私の娘よ、貴女の節約は恐るべき試みです。私は貴女に、全員が列を離れてから貴女も離れる事を命じます。」するとマリア・イザベラは全く従順な子供の様に、その命令を聞き入れました。



<金の釣り針と銀の釣糸>


聖なる司教が恍惚の状態に入り、そこで金の釣り針と銀の釣糸を持った1人の男の子を見た。その男の子は、手にしている金の釣り針と銀の糸で、井戸の底より1人の婦人を引き寄せ上げていた。司教は祈りの後、聖堂へ行く途中の道で先程、恍惚の間に見た同じ子供が墓地の中にいるのを見た。司教はその子供に尋ねた。「私の小さき友よ、貴方はここで何をしていますか?」「体がここに埋葬されている僕の母さんの為に、主祷文と天使祝詞を唱えています。」聖なる司教は、その言葉によって即座に先程、恍惚の中で見た幻視を理解した。金の釣り針が主祷文で銀の釣糸が天使祝詞であり、それらの最も祈り易き祈祷によって、その子供は母親の霊魂を煉獄より引き上げたのだった。



<聖テレジアが見た煉獄の霊魂>


聖テレジア童貞がある日、いつもの様に熱誠をこめて煉獄の霊魂の解放の意向をもって祈っていると、聖女の霊魂は煉獄に運ばれました。聖女はそこで、無数の霊魂が炎の中に嵌っているのを見ました。そして、我らの主が彼らの元に近づかれると 主が解放されると決められて、指し示された幾人かの霊魂が天使達によって喜びに満ちて運び出されたのを見ました。聖女は我らの主に尋ねました。「ああイエズス、なぜ莫大な数の中から、この霊魂を御選びになったのですか?」我らの主は答えられました。「私は解放させた。これらは存命中に慈悲と憐れみの大業をなした者、彼らに対する私の約束を満たすべき功徳に与った者である。」



<聖コルペウスとアイルランドの王>


ある日、聖コルペウスが聖務日課の祈りを終えたところ、目の前に顔は青藍色で首は火の色、肩は無残な状態でマントがボロボロの霊魂が現れました。聖人は尋ねました。「貴方は誰か?」「私は他界から来た者です。」「私が見る限り、貴方は悲しい状態をもたらされている様ですが?」「私の数々の過ちが、この懲罰を自分に引き寄せました。私は、かつてアイルランドの王であったマラキです。その高位において、私は出来る限りの善行と義務とを努めましたが、私はこの怠慢によって罰を受けているのです。」「貴方が償えなかった過ちとは何でしょうか?」「私は充分な償いをしませんでした。聴罪司祭に金の首輪を捧げる事によって、気まぐれな傾向にあった私への聴罪司祭の有責の弱さにより、私は今、火の色の首輪を身に着けさせられています。」「貴方はなぜ、ボロ切れに包まれているのか?」「これは他の罰です。私は首には纏っていません。私はキリスト者の称号と王の威厳がありましたが、私は慈悲と尊敬と寛大さをを持って貧しい者を助けませんでした。これが、なぜ貴方が、この様な狼狽した衣服の惨めな姿の私を見ていらっしゃるか、という事なのです。」



<聖ブリジッタの話>


聖ブリジッタは、天使がこの様に語るのを聞いた。「祈りと善業とによって、(煉獄の)苦しめる惨めな霊魂を助けに来たる 地上の者は祝せられん事を!」また聖女は、煉獄の深みの炎の中より、この様な声が響くのを聞いた。「己の苦しみによって、我らを助く者に 報いと祝福のあらん事を!」



<御聖体の尊者フランシス院長の話>


御聖体の尊者フランシス院長は、幼少の頃より煉獄の霊魂への熱い信心を持ち、それは生涯変わりませんでした。尊者は全霊を挙げて毎日、煉獄の霊魂の為にロザリオを捧げました。その様にしてロザリオを祈る時、各連の終わりに「死者の為の祈り」を加え、そして祝祭日には、自由時間に「諸死者の為の聖務日課」の祈りを、パンと水だけの断食の犠牲と共に捧げました。尊者の許には度々、尊者の祈りと犠牲によって煉獄から解放された霊魂たちが、尊者に感謝を伝えにきました。また、尊者に祈りを願う為に、就寝中の尊者のベッドの周りを煉獄の霊魂たちが取り囲み、尊者が起床されるのを待っていた事も何度もありました。煉獄の霊魂達は言いました。「めでたし、天主の下僕、主の浄配よ!イエズス・キリストが 常に貴方共に在し給わん事を!」



<福者マルガリタ・マリアの話>


グラフィエル修院長は福者マルガリタ・マリアの回想で、この様に語った。主は彼女にある日、煉獄の中に留められた多くの数の霊魂を御見せになった。それらの者は、現世の生活を過ごした間、主と一致しなかった者たちであり、その様な者たちは死後、煉獄において聖母と諸聖人の御助けや己の守護の天使の訪問も剥奪されていた。また幾人かの霊魂は

長年に渡って、恐るべき炎の中に留められる事が定められていた。それらの中には生涯の中で、他者に僅かな慈愛しか示さなかった者も含まれていた。


 


<ミゲル・デ・ラ・フォンタイネ神父の話>


ペルーに宣教師として渡り、ペルーの人々にロザリオを祈る事を教えたミゲル・デ・ラ・フォンタイネ神父はある日、聖母の聖堂を訪問していた所、突然、光線を浴びているのを感じました。それから聖母の御声を聞きました。「わが子よ、信頼を持ちなさい。貴方の数々の労役は、煉獄に対し、貴方の為に取っておかれるでしょう。貴方の苦しみと我慢を耐え忍びなさい。現世を離れる時、貴方の霊魂は祝せられた御住まいに受け入れられるでしょう。」ミゲル・デ・ラ・フォンタイネ神父が亡くなった時、1人の修道者は神父の霊魂が聖母に付き添われて天つ御国に昇ってゆくのを見ました。



<聖ルイス・ベルトランドの話>


バレンシアの修院の修道士であった 聖ルイス・ベルトランドの属していた共同体の中に、1人の若い修道士がいた。ある時の会話で若い修道士は、聖人にこの様に言った。「判りますよ神父様、貴方は大変学んでいません。」すると聖人は、この若い修道士に優しく答えた。「弟よ、ルチフェルは非常によく学び、今なお彼は呪われています。」若い修道士は、この言葉の過ちについて考える事もなく 償いを果たす事もしなかった。それから少しして若い修道士は重い病に罹り、終油の秘蹟を受け、安らかに息を引き取った。ある日の朝課の聖歌の後、聖人の前に炎に包まれた若い修道士の霊魂が出現して、へり下って述べた。「神父様、貴方に強く宛てたあの反抗的であった私の言葉を、どうぞ御赦し下さい。貴方が私の過ちを赦されるまで、私は天主の御顔を仰ぎ見る事は許されないでしょう。そしてどうか、私の為に聖祭を御捧げ下さいます様に。」聖人は直ちに若い修道士のかつての過ちを赦し、翌朝、彼の為に聖祭を捧げた。その日の晩課の聖歌の後、聖人は再び若い修道士の霊魂を見たが、それは天つ御国に昇ってゆく姿であった。



<煉獄に入った司祭の話>


パンペルナの尊者フランシス修女はある日、煉獄に入った1人の司祭の霊魂の姿を見た。その司祭の霊魂の指はぞっとしてしまう様相で次第に抉れていった。かつて司祭は祭壇で「十字架の印」をする際に厳粛の念を欠き、非常に軽率に行った罰を受けていたのであった。尊者は司祭が煉獄に入る場合、それは平信徒よりも長く留められる事を明かした。



<バロニウス枢機卿の伝えた敬虔な婦人の話>


バロニウス枢機卿は、ある1人の煉獄の霊魂の為に非常に大いなる信心を持ち、臨終において重い病で苦しんだ婦人について伝えている。闇の霊がその婦人に近づき、非常に忌まわしい事を勧めた。一方で婦人は、甘美な天主の御憐れみの光も見た。その天主の光は、闇の霊に唆された絶望を追い払った。その時、婦人の目の前で 天つ御国が開かれ、数千もの守護者が自分を助けに飛んで来るのを見た。婦人はそれによって勇気づけられ、それは勝利を約束していた。婦人は、その守護者達に「あなた方は何方でしょうか?」と尋ねた。守護者達は答えた。「我々は、貴女様が煉獄より解放して下さった霊魂です。我々は、貴女様への報いとして貴女様を助けに参りました。もう少しで我々は、貴女様を天つ御国へと御連れ致します。」婦人はこの言葉に慰めを感じ、それから少しして、安らかに息絶えたのであった。


 


<福者スソーと煉獄に入った友の霊魂>


福者スソーには、修院に入る前に善き友がいた。福者とその友が別々の修院に入る前に、互いに"どちらかが先に亡くなれば相手の為に1週間に2度ほど、1年間ミサ聖祭を捧げる"と約束し合った。数年後、その友が天主の御旨によって亡くなった。福者は、友の霊魂の為に数多くの祈りと犠牲と善行を捧げたが、かつての約束の事は忘れていた。ある朝、聖人が聖堂の中で黙想していると、突然、その友の霊魂が目の前に出現した。福者は友に言った。「私の愛する兄弟よ。私は可能な限り祈りと善行を天主に捧げましたが、貴方に未だ充分ではありませんか?」友は答えた。「いいえ兄弟!充分ではありません。それは、私を費やす炎を消すイエズス・キリストの御血です。恐るべき責め苦より私を解放する、この上なき犠牲であり、貴方の言葉を守る義において貴方は私に借りがあるのですから、私を拒まないで下さい。」福者は自らの過ちを悟り、幾度も重ねてミサ聖祭を友の霊魂の為に捧げた。それから再び、友の霊魂が出現した。今度は以前と様子が違い、歓喜と美しい光に囲まれていた。友はこう言った。「見て下さい。わが贖い主の御血によって、私は苦より救い出されました。私はこれから、御聖体の覆いの許に我々がいつも共に崇めていた 主を黙想し奉る為に天つ御国に入ります。」



<聖アロイジオの見た霊魂の話>


フェリペ2世は聖人的な一生を送った。その臨終において、王は喜びに満ちていたと言われる。その知らせが届く前に、ローマにいた聖アロイジオはベラルミネ枢機卿に、フェリペ2世の霊魂が栄光に入ったと語った。ベラルミネ枢機卿は、その霊魂は煉獄を通り過ぎなかったのかと尋ねた。聖人は「そこには留まりませんでした。」と答えた。



<聖リドウィナと悪魔に仕えていた霊魂>


聖リドウィナはある時、1つの霊魂が煉獄に留められている姿を見た。その霊魂は、現世で悪魔に仕えて多くの罪を犯していた男であったが、聖リドウィナを知り、やがて回心し

臨終においては非常な改悛の念を持って告白し息絶えたのであった。しかし、男には償いを果たす時間がなかった事を聖女は知っていたので、聖女は男の霊魂の為に多くの祈りを捧げた。男の死から十二年が経ってからも、聖女はなお男の霊魂の為に祈りを捧げた。ある時、聖女は恍惚に入り聖女の守護の天使が 聖女を煉獄に連れて行き、そこで1つの霊魂の姿を見せた。天使は「これが、貴女が大変な熱意をもって、絶えず祈りを捧げたあの男の霊魂である」と教えた。聖女は、男の霊魂の解放の為に、苦しみを受ける事を申し出て、天主がよしとされるまで恐ろしい痛みと責め苦に耐えた。そして聖女が苦しみから解放された刹那、男の霊魂は雪の様に白くなって 深淵より天つ御国に昇っていったのである。



<ストレイト神父の霊魂>


1643年11月12日、イエズス会の司祭であり、大いなる聖性で知られたストレイト神父がボヘミアで息を引き取った。死後、ストレイト神父の霊魂は、同修道会の尊者マルチン・ストルゼダ神父の前に出現して言った。「私は1つの過ちを犯しました。天つ御国にゆく事を妨げ8時間、私を煉獄に拘留させています。私の臨終において良心に関わる、ある小さな問題を押さえ込んでしまわない様にした私の上長の言葉に、充分な信頼を持ちませんでした。私は彼の言葉を、天主御自らの御言葉として尊むべきだったのです。」



<煉獄の霊魂の為のチャプレット>


このチャプレットは、一般のロザリオを使用し、環状部分の中心のメダイから始めます。


環状部分の中心のメダイで、次の祈りを唱えます。

「ああ主、わが創造主にして贖い主よ、御身の義によりて永遠に進む前に、己の罪を完全に償う霊魂達の為に煉獄を望まれしを信じ奉る。更に御憐れみあるにより投ぜらるる者、殊に彼らの慰めと解放の為の聖祭の犠牲を嘉納し給うを信じ奉る。わが信仰を快活となし給い、我に彼ら苦しめるはらからへの慈悲の情を得させ給え。」


各小珠で祈ります。


「主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らし給え。彼らの安らかに憩わん事を。アーメン。」


二番目の大珠で、次の祈りを唱えます。


「ああ主イエズス・キリスト、栄光の王よ、

マリアと諸聖人の御執成しによりて、信心深くこの世を去りし霊魂達を煉獄より解放し給え。御身に祈り奉らん。ああ聖ミカエル、天の軍団の総帥よ、彼らを天主によりてアブラハムの子々孫々に約束されし永遠の光明の内に受け取り給え。主よ、賛美の犠牲と祈りとを、我御身に捧げ奉らん。この日、我らの記念す霊魂達の代わりとして受け取り給え。彼らを永遠の光明と喜びの内に入るを許し給え。」


各小珠で祈ります。


「主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らし給え。彼らの安らかに憩わん事を。アーメン。」


三番目の大珠で、次の祈りを唱えます。


「ああ善き主なるイエズスよ。感謝、義、慈悲と父母、兄弟姉妹、霊的或いは物質的恩人、及び親族の縁とに突き動かさるるによりて、我が負いし全ての霊魂達の為、我御身にこい願い奉る。我はまた、御身に曾て一層の信心を為したる忘れられし霊魂達を御身に委ね、曾て地上にて大責ありし司祭、権威者、上長、修道者を祝せられし童貞女と聖パウロに委ね奉らん。彼らを永遠の救霊に招き給え」


各小珠で祈ります。


「主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らし給え。彼らの安らかに憩わん事を。アーメン。」


四番目の大珠で、次の祈りを唱えます。


「我御身に感謝し奉る。ああ主なるイエズスよ。聖化と死の御教えに対し、数多の悪あるにより天つ御国より降り、世人を贖い給えり。我御身に祈り奉らん出版、映画、ラジオ、テレビによりて霊魂達は煉獄に置かれしなれば。我は、これらの霊魂が直ちに苦しみより解放され、永福に入るを許さるるを信じ、近代的世に対し祈るにより、現世の水準を高むる一切の手段をして使徒職と永遠の生命の到達の為に用いられん事を。」


各小珠で祈ります。


「主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らし給え。彼らの安らかに憩わん事を。アーメン。」


五番目の大珠で次の祈りを唱えます。


「ああ慈悲深きイエズスよ。御身の御苦しみを極められし御受難の御功徳と、わが為への御愛に、我が功徳を受けし現世と来世における我が数多の罪による義罰の赦しをこい願い奉る。我、能う限り惨めなる霊魂の助けに己を負わんせとし、ああ尽きざる善徳よ、我に熱誠の常増を得しめ、我がこの肉身より離るる時は、直ちに天つ御国において御身を永久に念ずるを許し給え。」


各小珠で祈ります。


「主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らし給え。彼らの安らかに憩わん事を。アーメン。」


このチャプレットの締め括りに、「慈悲の雄々行いの祈り」を唱えます。


「ああ、わが天主よ。イエズスとマリアの御功力に一致するにより、御身の一層の栄光の為、わが一切の善業と祈りの功値と我が死す後に我が受く苦しみとを、煉獄にありし霊魂達の代価として捧げ奉る。我御身に願い奉り、御身の聖なる御旨に彼らを据え奉らん。」



<煉獄の霊魂の為に捧ぐ祈り>


「イエズス、マリア、ヨゼフ。我御身を愛し奉る。よって霊魂を救い給え。」(3回繰り返す)


「トレンチヌの聖ニコラオ、我らの為に祈り給え。」



<聖ノイマン司教の祈り>


「ああ 常に御聖体の内にて在しまし、煉獄に捕われし惨めなる霊魂たちへの燃ゆる愛にて常に費やされしイエズスの いと優しき御心よ、御身の下僕なるこの霊魂たちを憐れみ給え。彼らを、追放の影より我らが御身と祝せられし御母が、彼らの為に至福の広がる冠を編み給うを信ず天つ御国の、御身の輝ける御住まいへと導き給え。アーメン。」



<煉獄の聖なる霊魂の為のチャプレット>


このチャプレットは一般のロザリオを用いて祈られます。


最初に十字架の御像で「使徒信経」を唱え、最初の大珠で「主祷文」、次の小珠で「栄唱」を諸聖人の崇敬の為に唱え、次の小珠で「栄唱」を大天使聖ミカエルの崇敬の為に唱え、次の小珠で「栄唱」を聖なる守護天使の崇敬の為に唱えます。


それから大珠で「天使祝詞」を唱えます。


それから環状部分の中心部のメダイで、次の祈りを唱えます。


「天主の御憐れみの御母よ、万霊の救霊による天主の御栄えの為、御身の汚れなき御心の御力によりて、煉獄に留められし聖なる霊魂達の為に執成し給え。」


各小珠で次の祈りを唱えます。


「ああ主よ。永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らし給え。天主の御憐れみによりて、平安の内に憩わせ給え。アーメン。」


それから各大珠で「天使祝詞」を唱えます。



<煉獄の霊魂の為の祈り>


「ああ仁慈の御母、悲痛における親愛なる撫慰者よ。彼らの責め苦に、御身の穏やかなる救助を与え給え。厳義の謹厳なるを宥め、憐れみの御涙によりて彼らの炎を和らげ給え」


「ああ聖寵の霊、ああ天主の慰め主よ。彼らの熱く切望する御身の臨在を何として望み奉るや。ああ、しかして彼らの悲しみに生動を与える為に降り給いて、彼らを平安と喜びによりて満たし給え。」



<煉獄の霊魂の為の慈悲の行いの祈り>


「永遠なる天の御父よ、マリアの汚れなき御心によりて、御身にいと尊き御肉身と御血、御身の唯一の御子、我らの主にして救世主なるイエズス・キリストの霊魂と御神威とを御身の全ての聖人の祈りの御功力と、犠牲の霊魂全燔(ぜんはん)として、己の一切と共に

全地を通じて捧げらるる聖祭の聖なる犠牲との一致との内に、煉獄の全ての聖なる霊魂の為、地上の全ての惨めなる罪人の霊魂の為、

殊に司教、司祭、修道者と我が家庭と同胞の為、御身のいと聖なる御旨に従いてイエズスの御名と世々永久に唯一の天主なる聖霊との一致によりて捧げ奉る。アーメン。マリア、イエズスと我の御母、我らの為に祈り給え。生ける天主の聖なる天使と聖人、我らの為に祈り給え。」



出典元・信心の園

にほんブログ村 哲学・思想ブログ カトリックへ
にほんブログ村