この「幼きイエズスの聖テレジアのチャプレット」チャプレットは以前、私がドン・ボスコ社で購入した物です。予備として、新たに自作しても良かったんだけどね。持ってるのに自作するのもなぁって思って…

まぁ、フォロワーさんなど、人から頼まれたら、自作しようと思います。





幼きイエズスの聖テレジア


「私の神よ、どんなに私は貴方を愛している事でしょう!」


1873年、フランスのアランソンでキリスト者の両親の元に生まれる。リジューのベネディクト会の学校で学ぶ。幾度かの嘆願の後、15歳のとき、リジューのカルメル会修道院に入る許可を貰う。その後、闘病生活と過酷な内的試練が始まる。謙遜、福音的な単純さ、神への信頼のもとに生き、彼女の言葉と模範は特に修練女たちに多くの事を教えた。1897年9月30日帰天。1925年列聖。1997年10月19日、教皇ヨハネ・パウロ二世は教会博士の称号を与える。祝日10月1日。宣教の保護者。



<祈り>

「慈しみ深い御父よ、聖テレジアのうちに不思議な御業を行われた貴方を称え、慎んでお願い致します。謙遜で小さい者に御国を与えられる神よ、私達が信頼して聖テレジアの歩んだ道を辿り、聖女が貴方に身を捧げて、全ての人の救いのために御憐れみを請い求めた時の力強い愛を、私達の中に燃え立たせて下さい。私達の主イエズス・キリストによって。アーメン。」


「主イエズス・キリスト、主はかつて、汝らもし幼児(おさなご)の如くならざれば、天国に入る事あたわざるべしとのたまえり。されば我らをして、謙遜と単純なる心とをもって、聖テレジアの跡を慕わしめ、天国の永福を受くるを得しめ給わん事を、主の御慈しみによりて願い奉る。アーメン。」


「聖テレジア、宣教の保護者よ、初めから世の時の終わりまで通ずる内、偉大な宣教者なる我らの主の御言葉を思い起こし奉る。”刈り入れ多けど、働く者は少なし。”いと偉大なる御身の霊魂に対する熱意を、今霊魂達の為に働く者の為、同様の熱意を得させ給え。未だイエズスを知らぬ数億もの者らが、主を知り、愛し、従う事が出来る様、彼らの数を増やされん事を天主に乞い求め給え。アーメン」


「主イエズス・キリスト、主はかつて、汝らもし幼児の如くならざれば、天国に入る事あたわざるべしとのたまえり。されば我らをして、謙遜と単純なる心とをもって、聖テレジアの跡を慕わしめ、天国の永福を受くるを得しめ給え。御身は唯一なる天主、御父及び聖霊と共に生き永久にしろしめし給う。アーメン。」



<チャプレットⅠ>


専用のチャプレットは、聖テレジアのメダイと24個の小珠から構成されるものです。このチャプレットは1ヶ月の中で9日から17日までの間、ノヴェナとして祈る事が強く推奨されています。各小珠で栄唱を唱え、各栄唱の間で「幼きイエズスの聖テレジア、我らの為に祈り給え。」と唱えます。


                               

 <チャプレットⅡ>


チャプレットは上記と同じ物を用います。各小珠において、「幼きイエズスの聖テレジア、布教の保護者よ、我らの為に祈り給え。」「栄唱」1回を唱えます。1ヶ月の中で特に勧められている期間という物はありませんが、このチャプレットは9日間、もしくは24日間祈る規定になっています。



<メモラーレ>

「思い出して下さい、ああ栄光に満ちた小さき花よ、貴女は良き事を行なわれる為に地上に降りて来られ、貴女に願われるどの様な事にも答えられないという事がないというのが、貴女の御約束です。イエズスの聖心と貴女の御力の内に確信にみちて、私達の必要の中であなたの御執成しを懇願し、差し迫られて願うバラを、もし神の御旨に叶うものであるならば得させて下さいます様に、貴女に御求め致します。アーメン。」



<ノべナⅠ>

このノべナは5回の「主祷文」と5回の「天使祝詞」と5回の「栄唱」と共に5日間続けて午前11時の前に唱えなければならないという規定です。5日目にこれらの祈りを終えたならば、更にもう1度各5回の「主祷文」「天使祝詞」「栄唱」を唱えます。



聖テレジア、小さき花よ、

天つみ園のばらの花

一もとつみて賜いませ、

御身の愛の便りと共に。

天つみ神に乞い給え、

我が御身に願い奉る恵みを。

天つみ神に告げ給え、

日々我は、彼をますます愛さんと。

 


<仏蘭西の保護者なる聖テレジアへの祈り>


(聖ジャンヌ・ダルクと共に仏蘭西の保護聖人である事を宣言されしより、以下の祈りが聖女に捧げられる様になった。)


「仏蘭西の力強き保護者よ、仏蘭西の元后、無原罪の童貞によりて、御自らの特権的国家の救出を願われしより、聖マルチノ・ツール、仏蘭西国王の聖ルイス、聖ジュヌヴィエブ、パリの保護者なる聖ジャンヌ・ダルクと共に我らの為に奪還し、かの王国より闇の霊を追い払い給えり。我らは反抗者なるサタン、反乱の霊、不信仰が我らを支配するを望まず、平安の王子が我らを支配するを望む。イエズスは我らの唯一の聖主にして、最愛の救世主なり。アーメン。」



<聖テレジアの言葉>


「貴方の小さき事と貧しさを愛しなさい。それは良き神をお喜ばせする、神の御憐れみの中での貴方の盲従する信頼と同様に良い事です。」


「帆をいっぱいに張って、私は信頼と愛の大海原に漕ぎ出しました。」


「祈りと犠牲は貴方を全体的に強めるでしょう。これらは無敵の武器です。私は経験によって、これらが言葉よりも遥かに良く、心を動かす事が出来るという事を知っています」


「私が人に親切にする時、それをして下さいますのはイエズスです。」


「私の使命、それは愛です。母である教会の心臓の中で私は愛となりましょう。」


(死の前に)「私の死の後に、私はバラの雨を降らせましょう。」


「地上に善をなしつつ、私の天国を過ごしましょう。」



<祈願>


「ああ、御身の愛の霊によりて幼きイエズスの聖テレジアの御霊魂を燃やし給いし天主よ、我らにもまた御身への愛に燃えしめ、御身を極愛せしめ給え。アーメン。」



<ロシアの回心の為の幼なきイエズスの聖テレジアへの祈り>


「ああ、愛ある情け深き聖女よ、いみじくも、我らのロシアのはらからの、長き犠牲と、

キリスト信者の名号の残酷なる迫害を慰め給え。彼らの為に、信仰における堅忍と、天主と隣人への愛における上進と、天主のいと聖なる御母への信頼とを得させ給え。冒涜と、御聖体に対する汚聖の償いをなす彼らの聖なる司祭らを備えさせ給え。天使的清浄を、殊に若者とキリスト信者とに与え給い、終わりに至までこれらの尊き者達が一切の隷従より免れ、聖ペトロと全ての継承者への蘇られしキリストの愛の御心によりて、託されし一つの群れに自在に戻るを得る為、彼らの内に今1度、徳を興し給いて、やがて聖なる公教会の交わりの内に御父と御子と聖霊に光栄を帰し奉る喜びを味わわしめ給え。アーメン。」



<祈願>


「幼なきイエズスの聖テレジアよ、我らの為の御身の祈りを願い奉らん。御身、今、主の御側に在し給う故に、イエズスに我らの為の祈りを願い奉る。小さき花よ、天つ御国よりバラの雨を我らに降らせ給え。常に我らの為に祈り給え。アーメン。」


 

<聖テレジアへの奇跡的な呼祷>


この呼祷は日に四回唱え、ノベナとして九日間唱えます。もし何処かでバラの花を目にする事があったり、バラの花を贈られたりする事があれば、このノベナが聴き容れられる力強き徴となります。またその様な徴が得られなくても、このノベナは非常に力強きものです。


「ああ全能なる天主が助けとなして育て給い、かつ人類家族を鼓舞され給う御者、栄光に満ちたる聖テレジアよ、我御身の奇跡的なる執成しに嘆願し奉る。御身は天主の御心より来る身体及び精神の全ての必要を得させるにおいていと力強きなり。聖にして母なる公教会は御身を”奇跡の驚くべきなる御者、近代におけるいと偉大な聖人”と宣言したり。今我が御身に熱心に懇願し奉るわが請願に応え給え(ここで願う)。かつ御身の”地上に善をなしつつ、わが天国を過ごさん。”天国よりバラの雨を降らさん。”の御約束を果たされん事を。小さき花よ、人々とわが生活の内に天主の御顔を見奉らんが為、かつ全き信頼をもちて天主を愛し奉らんが為、御身の幼な子の如き信仰を我に与え給え。聖テレジア、わがカルメルの修女よ、我御身の”いずくにおいても知られん事を”の請願を満たし、かつ御身を通じて他の者らをイエズスへと導き続け奉らん。アーメン。」



<幼きイエズスの聖テレジアに光栄を帰し奉る祈願>


「ああイエズスの小さき花よ、御身の宗教的御生活のまさに初めの時より、イエズスに全く従わんが為、全ての事物において御自身をば自制され給うのみを思われたり。わが日々の生活における試みに耐え忍ぶを助け給え。

我自らをば更に知りて、かつ天主を更に愛し奉るをば学ばんが為に我が元に来る侮辱、苦しみなる試みを用いるをば我に教え給え。アーメン。」



<祝せられた童貞の信心深き下僕とならん為の祈願>


「親愛なる聖テレジア、イエズス及びマリア、御身の御幼少の時よりさえも殊に恵まれたる無原罪の童貞のいとも愛されたる花よ、御身を修道院に導き給い、御身を天主の浄配として祭壇に至らせんと導かれ給いしが如く、ああ小さき聖人よ我らの為に得させ給え。マリアが祝福の雨を我に降らせ続け給いて、それによりて我が常に信心深く依り頼み奉り、常に愛し奉り、御徳、殊に天主を熱く愛し奉る御徳に倣わしめ給え。アーメン。」



<祈願>


「小さきテレジアよ、”地上に善をなさん”との御身の御約束を思い出で給え。豊かなる御身のバラの雨を懇願し奉る者の上に降らせ給えるが中に、天主より聖寵を我らが為に得させ給いて、天主の限りなき御徳によりて我らはそれに向かうを望み奉る。アーメン。」



<聖テレジアに導きを求むる祈り>


「ああ主よ、御身の全き知恵によりてしろしめし給い、わが霊魂が常に御身に仕え、わが選びにあらずして御旨を行い奉らん事を。わが内に常に生くる御身の愛を損なう事物を望み求むる事ありとても、我を罰し給わざらん事をひとえに願い奉る。我自身に死ぬるによりて御身を愛し奉らん事を。御身御自身にあられ給う、真の生命なる御身に我が生き奉らん事を。親愛なる聖テレジアよ、御身の小道において我を導き給いて、我が天の幸い及び高みに昇らん事を。」



<祈願Ⅲ>


「ああ親愛なる小さき聖人よ、御身は天つ御国において磔にせられしイエズスの、罪によりてもたらされし御傷に耐えらるるをみそなわし給う今、御身は現世に在しし時よりも、なお一層明らかに霊魂の価値と、彼らの救霊のために流し給いし、いと尊き御血の限りなき価値とを知り給う。キリストは子らの為に死し給い、我その内の1人として、いと尊き御血によりてわが困窮において益の得んが為の全ての聖寵を得させ給え。我らの天主なる主に御力を用い給いて、わが為に祈り給え。アーメン。」



<祈願Ⅳ>


「ああ親愛なる小さき聖テレジア、天主の小さき花よ。御身の為し給いしが如き堅忍の為、我を助け給え。己の長き物において、御身の小さき道を慕わしめ給え。天つ御国への道の、未だ定まらざれば。御身の如く、我に述べさせ給え。わが天主よ、わが愛の唯一の報いが如く、御身を愛せしめ給え。我が御身を永久に、いやますます愛せしめ給え。」



出典元・信心の園、ドン・ボスコ社