ハンドメイドのもの



昨日は、「祝せられた童貞の悲しみに満ちた汚れなき御心に光栄を帰し奉るチャプレット」専用ロザリオ、及び「マリアの汚れなき御心に光栄を帰し奉るチャプレット」専用ロザリオを製作しました。この2つのチャプレットは、同じロザリオを使用します。




聖母の悲しみに満ちた汚れなき聖心への信心


「これは世の終わりの前に、天主によりて世に送り出されし最終の助けである。」



<全世界的に重要なメッセージ>

このメッセージは、我らの主から1870年1月23日ベルギーのエンジーンで生まれた謙遜なフランシスコ会第三会員ベルテ・ペティに託されたものである。「世人に、私の聖心を貫いた悲しみと同一の悲しみによって貫かれた私の母の聖心を愛するように教えなさい。」(1909年12月25日)


聖時間(1912年3月25日)に、聖母はこう御話しになった。「私は自分を汚れなき宿りと呼びました。貴女に対し、私は自分を悲しみに満ちた聖心の母と呼びます。私の子が望んだこの称号は私にとって他の全ての称号にもまして愛すべきものです。それがあらゆる所に広められるに従って、慈悲と霊的な復活と救いの恵みが与えられるでしょう。」


また、我らの主は彼女に次の様に御約束された。「わが御母の悲しみに満ちた汚れなき御心へのこの信心は、失意の心に、また荒廃した家庭に信仰と希望を回復するであろう。これは苦しみを和らげるであろう。これはわが教会に新しき強さとなり、霊魂達を連れ来させ、わが御心のうちの信頼のみならず、わが御母の悲しみの御心に明け渡す事となるであろう。」



祈願(ベルテ・ペティ作)


「常に清純かつ聖に在すマリアの悲しみに満ちた汚れなき聖心よ、わが霊魂が常にイエズスの御声に忠実であり、彼の御愛に応え、彼の神的意志に従う様、我が霊魂を御身の母なる御保護によりて覆い給え。おお我が母よ、我は御身の神なる御子の聖心と全く一致せる御身の聖心と親密に生きんが為、御身の共償を絶えず我が前に置き給わん事を望み奉る。御身御自身の御徳と御悲しみにより、我をこの聖心に結びつけ給え。我を常に守り給え」



悲しみに満ちた汚れなき聖心の奇跡的な御絵


その起源を殆ど知られていないこの御絵は、ベルテ・ぺティが1918年の休戦時において学んだ全寮制の学校の地下室において発見されました。軍隊がそこを引き上げた後、一人のシトー会修道女がボール紙の紙片に猥褻な絵が貼り付けられているのを見つけ、それをむしり取って焼いてしまいました。修道女はそれらがこの御絵の額を覆っていた事に気づきました。この御絵の前での祈祷は実に際立った恩寵を祈る人にもたらしました。



<呼祷>

「マリアの悲しみに満ちた汚れなき聖心よ、御身に依り頼み奉る我らの為に祈り給え。」

教皇使節であった枢機卿、グランティオ・ディ・ベルモンテの力強く勧めた祈願で、教皇ベネディクト15世はこの呼祷に対し1915年9月28日に100日の免償を与えられ、一年後には300日に延ばされた。



<我らの主よりベルテ・ぺティへの啓示>

「今、機は熟した。私は人類がわが御母の悲しみに満ちた汚れなき聖心に向かう事を望んでいる。全ての霊魂によりてこの祈願を発しなさい…この上なき救援としてわが御愛によって書き取らせたこの認可され、かつ免償を与えられた祈願は決して一部の、またわが群れの小分けの為ではなく、宇宙全体の為であり、そうしてこれはわが怒りを宥めるであろう償い及び清めとして広がるであろう。」


「私自身の聖心をも貫き刺したる、わが御母の苦しみにて貫かれたる御心を愛する事を霊魂達に教えよ。」(1905年12月25日)


「わが望みはカルワリオ上でのわが愛より流れ出るのである。わが御母にヨハネを息子として与える中で、彼女の悲しみに満てる母性に全世界を委ねたのである。」


「全ての霊魂に大きく叫ばせよ。"マリアの悲しみに満ちた汚れなき聖心よ、我らの為に祈り給え。"」(1914年)


「わが御母の御心は、悲しみの称号の権利を有するのであり、また汚れなきそれの御前にその称号が置かれる事を私は望むのである。

なぜなら彼女はそれを既に獲得したからである。公教会は、私がわが御母の為にその様になした無原罪の御宿りを正統に承認している。私が今彼女の為に求めし事は、彼女に正当なる資格によりて光栄を帰されるという事である。人類の救霊の為に受け入れ耐えたカルワリオ上の彼女の犠牲によりて、わが全ての苦難との密接な関係によって、彼女に値する

称号である。彼女はその共済において殊に偉大であり、また従って、私が現したる呼祷が認可され、公教会によって広められ一斉にわが御心に呼びかけられ、かつ聖祭の聖なる犠牲の後に全てのわが司祭によりて唱えられる事を願う。既にこれによりて多くの聖寵が得させられたのである。また更に多くが与えられるであろう。これが広められるまで公教会は高められ、世界がわが御母の悲しみに満ちた汚れなき御心への奉献によりて一新されるまで、それは広げられるであろう。」(1911年9月8日)


「世人の心は改められるであろう。これは既知の信心によりて、唯一悟られ、発展され、説教され、いずこにおいても助言されるで

あろう。これは世の終わりの前に天主によりて世に送り出されし最終の助けである。この称号の下に、わが御母への普遍的な頼みがなされる事を私は彼女の為に望む。」(1940年7月2日)


「わが御母に依り頼み奉るによりて与えられし明光は、とりわけ迷える者と数多の罪深き霊魂の回心をもたらすであろう。わが御母の汚れなき聖心の御悲しみへの同情は、彼らのための慈悲を嘆願するであろう。」


「貴女の祖国の救霊と内部の平和は、民の道徳の向上と、この信心によって新たにされ、私の求めている奉献をされたわが公教会への

信頼にあり、そうして、完全に私のものと一致した、わが御母の悲しみに満ちた汚れなき御心は愛され、誉れを与えられるであろう。

救霊は、この一致せし二つの御心より来たるのであり、この奉献の内に、わが約束への信頼を持つならば、我らの愛は、その国で勝利するであろう。」(1912年)


「わが御母への信頼に満てし奉献によるわが聖心へのこの信心は、強められ、いわば仕上げられるであろう。この信心、この奉献は、わが約束によりてわが公教会の刷新と、キリスト教に対する新たなる強さとなり、あまりに多く揺らぎし霊魂の為のただ一つの聖寵の源には、従って愛と信頼と共に益々深くしみ入るであろう。」



<ベルテ・ぺティの御生涯>

ベルテ・ぺティは謙遜なフランシスコ会第三会員であり、マリアの悲しみに満ちた汚れなき聖心の使徒にして犠牲の霊魂でした。彼女はフランコープロシアの戦争中、ベルギーのエンジーンに1870年1月23日に生まれ、1943年に帰天しました。彼女は幼い頃より目に見えぬ聖痕を受け取っていました。その痛みは金曜日に最大となり、また両手足よりも最大の苦しみを与えた物は、あたかも頭の中にくい込む様なトゲの如き痛みであり、彼女はこの為、殆ど眠る事が出来ませんでした。4歳の頃より我らの主と祝せられた童貞マリアの幻視の特権を与えられ、礼拝堂の前に跪く間、額に十字架のしるしをされた聖なる幼な子イエズスによってこう言われました。「貴女は常に苦しむが、私は貴女と共にあるであろう。」10歳になり初聖体を受け、彼女はまた御聖体拝領の後、周囲を気に留めず祈りと黙想に長い時間を費やす事で知られました。

この初聖体の日に、彼女の長い人生における使命が啓示された事を一人の修道女に伝えました。「私は非常に多く苦しまねばなりません。私はイエズスに似た者にならなければなりません。」修道女は尋ねました。「誰が貴女にそれを言ったのですか?」「わが偉大なるイエズスである小さな御聖体です。」少女は即答しました。


彼女が39歳の時、降誕祭の深夜ミサの間イエズスの傷つきたる聖心と、すぐ近くに御母の貫かれし御心幻視し、この言葉を聞きました。「わが御母の聖心の理によりて、愛され給いしが故に、わが引き裂かれし悲しみによりて貫かれたのである。」そして確かに彼女は生涯の中で痛みを伴う病気や疾病によって幾度も苦しみました。幾度も生死の境をさまよい、終油の秘跡も7回受けた程でした。しかし最も酷い苦しみとは霊的な苦難であり、悪魔の攻撃に絶えず悩まされていました。彼女の霊魂は大きな恐怖、疑い、困惑によって常に苦しめられました。一つの顕著なる攻撃では、18段の石階段において悪魔によって文字通り下方に投げつけられ、まず即死であるはずでしたが、我らの主の奇跡的なる御とりなしによって助かりました。悪魔は非常に怒り、彼女を脅しました。「私はお前の心を悩まし、心を冷酷にし、色情を与え、お前が死ぬまで私は戦おう。」しかし彼女は全ての苦難を通じて他の者達への同情と心配りをもち、それを保ちました。この慎ましき犠牲の霊魂はいかなる公証も避けました。また、高名なるマーシー枢機卿は彼女を個人的に知っており、我らの主によってマリアの悲しみに満ちた汚れなき聖心に彼の祖国を捧げるべき事を求められた事などを書き残しました。彼は天主の警告と御旨に服従する彼女の正しさを知っていた少数の人間の中の一人でした。ドイツ軍がブリュッセルを去った約5年後に彼女が自宅に戻ると、何もかも略奪されていました。彼女は一つの修道院の中で聖心の修道女達と居を構えねばならなくなり、裁くの間それを受け入れました。上長によって彼女が一切の食事をとっていない事が目撃され、彼女が割り当てられた部屋に一人の修道女が行き、午前に少量のコーヒー、午後に一杯の葡萄酒をとらせようとしましたが彼女は即座に拒否しました。懐疑的であったある修道女はまる一年の間、彼女の全ての言行を注意深く観察していましたが、この謙遜なる犠牲の霊魂を称えました。彼女は御聖体だけで生きる事が確認されました。唯一イエズスだけが彼女を生かしました。ある修道女は証言します。「食事なき彼女の生活を知ろうと人々がやって来たその事実こそ、彼女の真の禁欲でありました。」ベルテ・ぺティは戦う使命に招かれました。一つ目は彼女の人生の苦しみを捧げる事で、彼女は若き日に聖ヴィンセント・デ・パウロの修道女になる事を望みましたが、家族は貧しく働かねばならなかったので修道女にはなりませんでした。また十代の時には夢の中で天主に犠牲を捧げ、その犠牲はある日数多の霊魂を天主へと連れ戻す聖なる司祭の聖寵の源になりました。天主は憐れみ深く彼女の捧げを受け取られました。彼女はその後ある日、犠牲を捧げたその聖職者に会いました。二つ目の最も深遠なる使命はアルザスの聖アンナの礼拝堂への巡礼中に啓示された「マリアの悲しみに満ちた汚れなき聖心への世界の奉献」でした。1943年3月26日の金曜日、彼女は73歳で帰天しました。臨終の苦しみの中で幾度も主が「私は渇く」と言われるのを聴きました。


<教皇ベネディクト15世の御言葉>

(1915年5月31日)


「これまで以上に国家の命運が御手の内にある彼に向かい奉り、そして我々の全信頼をもって悲しみに満ちたマリアの汚れなき御心、

イエズスと我らのいとも悲しみに満てる御母に呼びかけ奉る事によりて、彼女の力強き御とりなしによりて、戦争の迅速なる終結と、

平和と平穏の回復を天主の御子より得させ給うであろう。」


<祝せられた童貞の悲しみに満ちた汚れなき御心に光栄を帰し奉るチャプレット>

このチャプレットはメダイと、一つの大珠と七つの小珠の一連からなる五連によって構成されています。


まずはじめに次の祈りを唱えます。


「天主よ、わが助けに御意を傾け給え。主よ、わが助けに急ぎ給え。」


続いて各大珠で「主祷文」を唱え、各小珠で「天使祝詞」を唱えます。


<マリアの悲しみに満ちた汚れなき聖心への奉献の行い>

「ああ聖なる天主の御母、我らの家庭(或いは会)の全ての者は御身の御保護に走せ寄り奉らん。丁度、我らの天の御父が御身をナザレの聖家族の心にして御母となし給いしが如く、しかしてこの日の後もまた、御身は我らの霊的御母にして、我らの家庭(或いは会)の聖心なり。御身に、御身の悲しみに満ちた汚れなき御心に、我らは今依り頼み奉りて、我らが御身の力強き御保護に守られるを得、御身の母的祝福に恵まれん事を。ああマリアの悲しみに満ちた汚れなき御心、我らの霊魂の敵共より各々を守り給え。各々を祝し守り給い、ここ地上における我らの物質的所有物の全てが、天主のいや益々の誉れと栄光の

為、そして霊魂の救霊と、煉獄において苦しめる霊魂、その惨めなる者の救助と解放の為とならん事を。我らは御身に、御身の御保護の外套が各々を囲み、守り続け給わん事を、更に我らを恵み給うを示し、祝し給わん事を、こい願い奉る。ああマリアの優しき御心、かつてカナにおいて新たに婚礼を挙げたる二人と、御身の従姉なるエリザベトの家庭と家族とを祝し恵み給いしが如くあり給え。御身の御絵(御像)において今より、ああマリアの悲しみに満ちた汚れなき御心、この家(建物など)において誉れがこの場を占め、御身が真に我らの霊的御母となり給わん事を。元后として我らの家屋に入り給い、御身の天主の御子イエズスの聖心の御国が我らの内に益々しろしめし給わん事を。御身の悲しみに満ちた汚れなき御心への我らの奉献の結果、我らが今も臨終の時も御身の御保護の近接を

感ぜん事を。我らは全くへりくだりて御身に各々の公教会においける最終の忍耐の聖寵と、永久に至るまで天つ御国において御身と共に在す聖寵とを得させ給わん事を願い奉る。アーメン。ああ童貞なる天主の御母、我は己を御身の子として委ね奉る。御身の潔白と光栄のうちに、我はわが霊魂と肉身、精神と五官とを捧げ、我はまた、罪より我を守る聖寵を願い奉る。アーメン。御母よ、御身の子をみそなわし給え。御母よ、御身の子をみそなわし給え。御母よ、御身の子をみそなわし給え。我はわが信頼を御身に置き、決して混乱せざらん事を。」


続いて次の呼祷を三回唱え、それぞれの終わりに「天使祝詞」を唱えます。


「マリアの悲しみに満ちた汚れなき聖心、我らを憐れみ給え。」



<聖母の悲しみに満ちた汚れなき聖心への信心に関わる啓示>


悲しみに刺し貫かれしわが御母の御心を愛する事で、我をも貫く事を霊魂らに教えよ。(1909年我らの主より)


「私は貴女に、わが御母へのこの信心が奉献される、わが御心の望みを明示する。この御心を愛し、他の者に愛させよ。その愛は聖寵の源となり、貴女と全世界に対する大いなる祝福となる。自らを完全に私に捧げよ。わが御心の現実の望みは、貴女に委ねられている。」(1910年)


(1922年 祝せられた童貞マリアより)


「恐るべき火の粉が隠れていてさえ、予告なく、闇の夜の深まりつつあるが如くに、事態は引き寄せられつつあります。その事態は、国々を火と血の中にもう一度飛び込ませるでしょう。天主の義が救霊と、人々の浄めの対して負わされますに、これがどれほど必要であるかを予見しませんでしたら、わが母なる御心は、ちぎれてしまいますでしょう。」

(我らの御母より)


「わが御子のものと似たる、私の御心の傷と、これより湧き出ださせる為に備えたる聖寵の奔流を御覧なさい。」(1911年6月17日)



<我らの主よりベルテ・ペティに示されし二つの御心の御絵>


「わが望みは、わが御手によりて導かれしこの絵が、その呼祷と共に広遠に渡って広められる事である。いかなる所であれ、これが崇敬される所は、わが仁慈と愛が明示され、相共に傷つけられし如くに見えし我らの御心は、生ぬるくて弱き霊魂らを勇ませ、彼らの務めに立ち返らせるであろう。」


<マリアの悲しみに満ちた汚れなき御心のロザリオ>

一般のロザリオを用いて祈ります。まず始めに、私達の救い主の聖なる御傷を崇敬する為に5回十字架の印を行います。


大珠で次の様に祈ります。


「マリアの悲しみに満ちた汚れなき御心よ、御身に寄り縋る奉る者の為に祈り給え。」


小珠で次の様に祈ります。


「聖なる御母よ、御身の汚れなき御心の愛の炎によりて我らを救い給え。」


最後に「栄唱」を3回唱えます。


 

マリアの汚れなき御心への信心Ⅱ

 


<マリアの汚れなき御心への祈願>

「ああマリアの汚れなき御心よ、天的美にして御父の輝きよ、御身はいとも重んぜらるる御者にして、天の宝なり。新しきエワにして霊魂、精神、肉身における無原罪、天主の霊によりて敬虔の種子と創造されし御身は人類の霊的御母なり。潔白なる童貞、かつて、そして今も聖寵に満ちみてし御身の全御現存は、溢るる栄光の内に天に上げられ、全てを超えて天主の御国の軍勢の内に昇らせられしなり。ああ天の御母、天地の元后よ、我御身のいと高き称号なりし"マリアの汚れなき御心"を承認せん。愛し奉る御母、限りなき祝福の分配者よ、御身は我らに代わりて絶え間なくとりなし給う御者に在しませば、御身のいとも愛し給える御子イエズスの御前にわが必要を示し給え。(ここであなたの言葉で特別な請願を申し上げます。単純に願いを述べ上げるのではなく、目前にいる対者に語りかける様に、マリアの汚れなき御心に向かってイエズスにとりなし給う様にお願いを申し上げます。)ああマリアの汚れなき御心よ、我今御身がイエズスの御前にわが必要を示し給うを、かつ差し迫りたる困窮にある者より御目を背けらるる事決してなからざるを知れり。

至愛なる御母よ、我自身が主なる天主の御旨に服従し奉らん事を。天主の全き栄光は世々に至るまで。」



<聖心の聖母への祈り>

「思い出て給え、御身の天主なる御子の畏るべき御力の、御自らの御心によりて御身に与え給いし聖心の聖母よ。御身の御功徳への信頼に満ちて我らは御前に進み御身の御保護を願い奉る。ああイエズスの御心の天的宝にして、全聖寵の尽きざる泉よ、御身の善き喜びのうちに開き給いて、人類の前に憐れみと愛、光と救霊の豊かに流れ出ずりて、それの含みしものを、我らの求め奉る恩寵を我らに与え給わん事を、こい願い奉る。我らは決して、決して御身に拒絶され得ずして、御身は我らの御母なりせば、ああ聖心の聖母よ、我らの祈りを慈悲深く聴き容れ給い、我らの請願を得させ給え。アーメン。」


 


<マリアの御心への連祷Ⅱ>

(私的信心としてのみ用いられます)


マリアの御心▲我らの為に祈り給え。


イエズスの聖心に似たるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


イエズスの聖心に一致したるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


聖霊の手段なるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


神性の聖所なるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


天主の受肉のまくやなるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


罪科を常に免れしマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


常に聖寵満ちみてるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


全ての心のうちにて祝せられしマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


栄光の秀でし王座なるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


謙遜のいと深き淵なるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


天主の愛の栄えある生贄なるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


イエズスの十字架に釘付けられしマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


悩める者の慰めなるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


苦しめる者の希望なるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


仁慈の座なるマリアの御心▲我らの為に祈り給え。


 


(先)ああ聖なる天主の御母、我らの為に祈り給え。


(全)キリストの御約束に我らを叶わしめ給え。


祈願


全能永遠なる天主、祝せられたる童貞マリア御心のうちに、聖霊の御住まいの場を相応しく備え給いし御者よ、いみじくも同じこのいとも潔白なる御心に光栄を帰し奉る内にこの記念を信心深く保つ我らに、御身の御心に一致して生くる聖寵を与え給わんことをこい願い奉る。我らの主キリストによって。アーメン。



<マリアの汚れなき御心に光栄を帰し奉るチャプレット>

このチャプレットは一つの大珠と七個の小珠からなる五連によって構成されています。


最初に次の祈りを唱えます。

「ああ主よ、わが助けに御意を傾け給え▲ああ主よ、わが助けに急ぎ給え。」

「栄唱」を一回唱えます。


最初の大珠で次の祈りを唱えます。


「罪の汚れなく宿り給いし無原罪の童貞、御身は御身の愛を常に向かわせ給いし天主にいと潔白なる御心の全ての鼓動をあて、天主の御旨にいと従順に在し給えば、我に全霊をもちて罪を嫌い、天主の御旨への完全なる委ねに生くるため、御身に学ぶ恵みを与え給え」


「主祷文」を一回唱えます。


各小珠で「天使祝詞」を唱えます。


一連の締め括りに次の祈りを唱えます。

「苦しみと恐れとに蒸し出されし御心よ、輝ける愛にわが御心を備え給え。」


第二連の大珠で祈ります。

「御身がいと高き御者の御子の御母に選ばれ、大天使ガブリエルにより御身に栄光ある伝達をもたらされし時の労と、主の賤しきはした女と御自らをのらせ給い御身の祝せられし御心によりて、マリアよ、御身の深き謙遜に我驚嘆の念を起こさん。故にわが驕りの一見に大いに狼狽したれば、我に己の惨めさを知らしめ、改悛と謙遜の恵みを与え給い、我が心の真に謙遜なる者に約束されし冠を得ん事を。」


「主祷文」を一回唱えます。


各小珠で「天使祝詞」を唱えます。


一連の締め括りに次の祈りを唱えます。

「苦しみとおそれとに蒸し出されし御心よ、輝ける愛にわが御心を備え給え。」


第三連の大珠で祈ります。

「御身の甘美なる御心のうちに御子イエズスのいと尊き宝なる御言葉を保ち、御身は唯一なる天主に学ばんと、それらの内に含まれし高尚なる玄義を黙想し給う祝せられたる童貞、わが冷え切りし心を何と狼狽させしや。ああいと愛する御母よ、天主の聖掟をわが心中に黙想さする恵みを与え給いて、我がよろずのキリスト教的徳の熱心なる修習において御身に従わんと努むるを得しめ給え。」


「主祷文」を一回唱えます。


各小珠で「天使祝詞」を唱えます。


一連の締め括りに次の祈りを唱えます。

「苦しみと恐れとに蒸し出されし御心よ、輝ける愛にわが御心を備え給え。」


第四連の大珠で祈ります。

「聖心の御子の苦しみの御受難において、聖者シメオンの預言せし剣によりて貫かれし栄えある殉教者の元后よ、わが心に真の勇と諸難と災いとに対する聖なる堅忍を得させ、しかして十字架の苦行に従い奉る間、欲に対しわが肉身を十字架に磔にし、己を御身の真の子として示すを得らん事を。」


「主祷文」を一回唱えます。


各小珠で「天使祝詞」を唱えます。


一連の締め括りに次の祈りを唱えます。

「苦しみと恐れとに蒸し出されし御心よ、輝ける愛にわが御心を備え給え。」


第五連の大珠で祈ります。

「ああマリア、奇しきバラよ、愛ある御心は慈悲の生ける火に燃え、御子の十字架の御足元に我らを受け入れ、我らの仁慈の御母となり給えば、御身の御心の内なる甘美とイエズスへの御身の御力とを我に感ぜしめ、この現世的生涯を滅するによりて脅かされし時、とりわけ恐るる臨終の時においては、わが心を御身に一致せしめ永久にイエズスを愛するを得しめ給え。」


「主祷文」を一回唱えます。


各小珠で「天使祝詞」を唱えます。


一連の締め括りに次の祈りを唱えます。

「苦しみと恐れとに蒸し出されし御心よ、輝ける愛にわが御心を備え給え。」



このチャプレットの締め括りに次の祈りを唱えます。

「今、聖愛で我らを燃やし給う、イエズスの聖心に我らを向かわせん。」


「ああイエズスの天主の御心よ、我がかつて受け、また御身の尽きざる慈悲より受けし日々のあまたの祝福に深き謝意に満ちて我は己を御身に奉献し奉らん。愛する弟子の代わりに子として、いみじくも御身のいと聖なる御母に我を与え給い、その皆のうちに加え給いし御身に、わが全霊をもちて感謝し奉らん。

わが心が常に御身への愛に燃え、御身の甘美なる御心に平安と拠り所と幸いとを見出さん事を。


出典元・信心の園


 

 


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