今やネット全盛の時代となり、昔なら見過ごされていた地方の事件でも
全国的に話題が集中するようになりました。
その中で、非倫理的な行為に対しては、
集中して非難が殺到し真実を暴かれ、社会の粛正に一役買っています。
反面、必要以上に攻撃するきらいがありとんだ迷惑を被る人もいます。
当事者であっても必要以上に晒し者にされて、人生が狂ってしまった人もおられます。
政治的なことに対してもネットの影響は大きいです。
政治的な判断において誰かが反対し始めると、全体を見渡さないまま、
あるいはその是非に関係なく付和雷同的に反対するという風潮もあります。
政治的な圧力よりも民衆の圧力のほうが強くなって来ています。
今の政治は、どちらかというとポピュリズムです。
『ポピュリズムとは、一般大衆の利益や権利、願望を代弁して、大衆の支持のもとに
既存のエリートである体制側や知識人などと対決しようとする政治思想または政治姿勢のことである』
ウィキペディアより
昔であるならば、「お上」の言うことに反すると「おとがめ」があるのが当たり前でした。
今でも、そういう国家はありますが、今の日本では言いたいことも言えるし、
人を批判したり責め立てたりすることは、相手が誰だろうと当然のごとく行われています。
でも、このような行為は、
ブログ“自分で自分の人間性の悪さを暴露する人”にある通り、
自分の愚かさを自分でアピールしていることになります。
真実を述べようとすると、人の悪口を言わざるをえないこともありますが、
昨今の風潮は、異常としか言えない状態です。
これでは、非倫理的な行為をした者も、それを責め立てる者も似たり寄ったりです。
つまり、同じ穴の狢です。
『同じ穴の狢=一見無関係のようにみえて、
実は同類・仲間であることのたとえ。普通、悪者についていう。一つ穴の狢。』
でも、これこそ筋書の筋書たるところです。これで良いのです。
このことを筋書という観点で見ると、分かりやすいです。
日本の歴史を振り返ると、一人の者が天下を牛耳ったりと、
人一人の力で世の中が変わっていました。
これは、人一人の持つ心の大きさが多くの民衆を統括するだけのものを
持っていたからこそできたわけです。
つまり、一つの組織の長というのは、
その組織に存在する全ての心を合わした大きさより大きくなければならないということです。
但し、これは力づくで治めようとする場合に限ります。
皆が協力し助けあって物事を進めるならば、お互いの不足する分を補うことができますので、
長たるものは、その組織の目的を果すために必要な知識と能力を持っていれば済みます。
この世では皆が助けあって物事を進めようとすることは、ほとんどありえませんので、
その組織をまとめるには、それなりの力のある者が上に立たなければなりません。
ところがです。
今は、そういう者が少なくなってきています。
特に、日本においては、国家を治めるだけの大きな心を持った者は、もういないです。
ここで注意して欲しいのは、大きな心というのは、顕在意識にある二つの心のことを言います。
この心は、この宇宙から抹消しなければならない心です。
従って、筋書というのは、この心の持つ煩悩を吐き出させるようにできています。
煩悩は、吐き出せばなくなります。
だから、天下統一というような途方も無い煩悩が叶うということは、
もうその心は、次に生まれ変わったとしても、その思いが頭の中を巡るだけで、
力なき一人の民となってしまうのです。
しかし、それでは筋書の立役者となるものが居なくなってしまいます。
そこで登場するのが、霊です。
霊が取り憑くことによって、その人にはない能力を発揮することができるのです。
霊といっても、“霊障 2.取り憑く霊によって”にある通り、色々な霊がいます。
ここには霊障をもたらす悪霊についてしか書いていませんが、
背後霊のような善霊がつくこともあります。
あるいは、動物霊でも善霊はいますので、
地球人よりパワーのある動物霊がついてもそれなりの力を発揮します。
今でもそのような人は既にいますが、アセンションを過ぎるとさらに増えてきます。
その中には、人を導き、宗教的な集団を形成する者もいます。
神がかり的な能力を持ちますので、人の信望を集めはしますが、
如何せん、覚醒していませんので真実を見極めることができず、
間違った道へと人々を誘導して行きます。
政治的立役者となる者にも、背後霊がつくことになります。
今話題の大阪市の橋本市長がそれに当たります。
“予言(1)「始めに」”にある次の文章に相当するのが橋本市長です。
『政治的に言えば、中央集権(独裁的)な指導者よりも、
地方分権的な指導者の総合力(和)がものを言うということです。』
橋本氏は顔役です。うしろで動かしいているのは大阪府の松井知事になります。
どちらの方にも善霊である背後霊がついていますので、
これから日本の政治は良い方向に向かって行きますが、行き着く時が来たらそれまでです。
誰がどうやっても自然の猛威には勝てるわけがありません。
また、時期を同じくして起こる世界的な経済破綻は手の施しようがありません。
そこで登場するのが、予言“4.突出した頭脳・能力を持つ者が出て来る。”にある天才的な政治家です。
多くの者はこの者に従い、ナチズム的な支配社会となって行きます。
橋本氏の政治手法はナチズムでもポピュリズムでもありません。
今の時代に合った政治手法です。
ポピュリズムは、民衆の意見が100%正しければ問題ありません。
しかし、そのようなことはあり得ないです。
従って、強引な手段を取りながら民衆の意見を聞いて修正していくというようなやり方が
ベターとなります。それが橋下政治です。
何と言っても背後霊(宇宙人)が力添えをしていますので、
強引と思われるようなことであっても、すべて計算済みです。
(但し、本人は知る由もありませんが。)
話しが飛躍してしまいました。
要は、現時点においては過去のように民衆を押さえつけるだけの能力を持つ者が居なくなり、
今のストレス社会において鬱憤を持った人々がインターネットという便利な仕組みにより、
その鬱憤を吐き散らしているということです。
そして、その煩悩が煩悩を制するように仕組まれているため、
社会の粛清に一役買うこともできるということです。
過去においては、少数の大きな心を縮小するための筋書であったわけですが、
今は、多数の小さな心を縮小させるための筋書となっているわけです。
またそのためには、誹謗中傷される役という者が必要となるわけです。
倫理に反したことをしているから誹謗中傷されても当然と思うかも知れませんが、
それでは同じ穴の狢です。
本当は、辛い役「ありがとうございます」なのです。
何があっても、人を憎まない恨まないことです。
こいつめあいつめと思ったら、あなたもこいつめあいつめなのです。
被害者側の役も大変ですが、誹謗中傷される役も大変です。
そういう役をする者がいて、皆の煩悩が吐き出されるのです。
どうですか、その役あなたにできますか?
善霊である背後霊がついていたとしても、二つの心のパワーを補い筋書を遂行させるのが目的です。
筋書の遂行、つまり煩悩の放出を促すことが目的なわけです。
背後霊なる善霊がついたとしても、結局は煩悩の放出に過ぎません。
覚醒するまでは、どれだけ人のため世のためと思っても、煩悩の放出に過ぎないのです。
何故ならば、覚醒していない者には、何が世のため人のためなのかの判断ができないからです。
ブログ“人のためと人を助けることは違うこと”にある通りです。
人を救い助けることが人のためではありません。
今は、その心の持つ煩悩を如何に吐き出させるか、
あるいは吐き出させず、その人の心の中で処理するように持って行かせるかが人のためになるのです。
しかし、その判断は、私のような半覚醒であっても難しいです。
でも、私の場合は、それが煩悩であるならば決して叶わないようになっています。
もし、自分の煩悩が叶ってしまえば、その過程においてどれだけ苦労をしても自身の心は成長しません。
人様から頂いた煩悩をなくすだけに終わってしまいます。
その煩悩が叶わないならば、その苦しみは自分の心に付加することができます。
但し、それに不平不満を言っていたのでは、付加することはできません。
嫌なこと辛いこと苦しいことに感謝できるようになることです。
そう思うことができるようになれば、嫌なこと辛いこと苦しいことが過ぎ去るのは間近です。
そして、煩悩でない願いは成就して行くことになります。
また、覚醒していない者であっても、私の言う通りに動いて頂くならば
同じように成就することになります。
今ようやくその時が近づいて来ました。

↑1日1回クリックしてください。

小冊子「煩悩のあいうえお」「プラス思考」「霊障」
■お申込みは、 http://wellju.net/booklet.html より
■Part4[心]のお申込みは、http://wellju.net/hadou/hadou4.htm#part4 より
http://wellju.net/

全国的に話題が集中するようになりました。
その中で、非倫理的な行為に対しては、
集中して非難が殺到し真実を暴かれ、社会の粛正に一役買っています。
反面、必要以上に攻撃するきらいがありとんだ迷惑を被る人もいます。
当事者であっても必要以上に晒し者にされて、人生が狂ってしまった人もおられます。
政治的なことに対してもネットの影響は大きいです。
政治的な判断において誰かが反対し始めると、全体を見渡さないまま、
あるいはその是非に関係なく付和雷同的に反対するという風潮もあります。
政治的な圧力よりも民衆の圧力のほうが強くなって来ています。
今の政治は、どちらかというとポピュリズムです。
『ポピュリズムとは、一般大衆の利益や権利、願望を代弁して、大衆の支持のもとに
既存のエリートである体制側や知識人などと対決しようとする政治思想または政治姿勢のことである』
ウィキペディアより
昔であるならば、「お上」の言うことに反すると「おとがめ」があるのが当たり前でした。
今でも、そういう国家はありますが、今の日本では言いたいことも言えるし、
人を批判したり責め立てたりすることは、相手が誰だろうと当然のごとく行われています。
でも、このような行為は、
ブログ“自分で自分の人間性の悪さを暴露する人”にある通り、
自分の愚かさを自分でアピールしていることになります。
真実を述べようとすると、人の悪口を言わざるをえないこともありますが、
昨今の風潮は、異常としか言えない状態です。
これでは、非倫理的な行為をした者も、それを責め立てる者も似たり寄ったりです。
つまり、同じ穴の狢です。
『同じ穴の狢=一見無関係のようにみえて、
実は同類・仲間であることのたとえ。普通、悪者についていう。一つ穴の狢。』
でも、これこそ筋書の筋書たるところです。これで良いのです。
このことを筋書という観点で見ると、分かりやすいです。
日本の歴史を振り返ると、一人の者が天下を牛耳ったりと、
人一人の力で世の中が変わっていました。
これは、人一人の持つ心の大きさが多くの民衆を統括するだけのものを
持っていたからこそできたわけです。
つまり、一つの組織の長というのは、
その組織に存在する全ての心を合わした大きさより大きくなければならないということです。
但し、これは力づくで治めようとする場合に限ります。
皆が協力し助けあって物事を進めるならば、お互いの不足する分を補うことができますので、
長たるものは、その組織の目的を果すために必要な知識と能力を持っていれば済みます。
この世では皆が助けあって物事を進めようとすることは、ほとんどありえませんので、
その組織をまとめるには、それなりの力のある者が上に立たなければなりません。
ところがです。
今は、そういう者が少なくなってきています。
特に、日本においては、国家を治めるだけの大きな心を持った者は、もういないです。
ここで注意して欲しいのは、大きな心というのは、顕在意識にある二つの心のことを言います。
この心は、この宇宙から抹消しなければならない心です。
従って、筋書というのは、この心の持つ煩悩を吐き出させるようにできています。
煩悩は、吐き出せばなくなります。
だから、天下統一というような途方も無い煩悩が叶うということは、
もうその心は、次に生まれ変わったとしても、その思いが頭の中を巡るだけで、
力なき一人の民となってしまうのです。
しかし、それでは筋書の立役者となるものが居なくなってしまいます。
そこで登場するのが、霊です。
霊が取り憑くことによって、その人にはない能力を発揮することができるのです。
霊といっても、“霊障 2.取り憑く霊によって”にある通り、色々な霊がいます。
ここには霊障をもたらす悪霊についてしか書いていませんが、
背後霊のような善霊がつくこともあります。
あるいは、動物霊でも善霊はいますので、
地球人よりパワーのある動物霊がついてもそれなりの力を発揮します。
今でもそのような人は既にいますが、アセンションを過ぎるとさらに増えてきます。
その中には、人を導き、宗教的な集団を形成する者もいます。
神がかり的な能力を持ちますので、人の信望を集めはしますが、
如何せん、覚醒していませんので真実を見極めることができず、
間違った道へと人々を誘導して行きます。
政治的立役者となる者にも、背後霊がつくことになります。
今話題の大阪市の橋本市長がそれに当たります。
“予言(1)「始めに」”にある次の文章に相当するのが橋本市長です。
『政治的に言えば、中央集権(独裁的)な指導者よりも、
地方分権的な指導者の総合力(和)がものを言うということです。』
橋本氏は顔役です。うしろで動かしいているのは大阪府の松井知事になります。
どちらの方にも善霊である背後霊がついていますので、
これから日本の政治は良い方向に向かって行きますが、行き着く時が来たらそれまでです。
誰がどうやっても自然の猛威には勝てるわけがありません。
また、時期を同じくして起こる世界的な経済破綻は手の施しようがありません。
そこで登場するのが、予言“4.突出した頭脳・能力を持つ者が出て来る。”にある天才的な政治家です。
多くの者はこの者に従い、ナチズム的な支配社会となって行きます。
橋本氏の政治手法はナチズムでもポピュリズムでもありません。
今の時代に合った政治手法です。
ポピュリズムは、民衆の意見が100%正しければ問題ありません。
しかし、そのようなことはあり得ないです。
従って、強引な手段を取りながら民衆の意見を聞いて修正していくというようなやり方が
ベターとなります。それが橋下政治です。
何と言っても背後霊(宇宙人)が力添えをしていますので、
強引と思われるようなことであっても、すべて計算済みです。
(但し、本人は知る由もありませんが。)
話しが飛躍してしまいました。
要は、現時点においては過去のように民衆を押さえつけるだけの能力を持つ者が居なくなり、
今のストレス社会において鬱憤を持った人々がインターネットという便利な仕組みにより、
その鬱憤を吐き散らしているということです。
そして、その煩悩が煩悩を制するように仕組まれているため、
社会の粛清に一役買うこともできるということです。
過去においては、少数の大きな心を縮小するための筋書であったわけですが、
今は、多数の小さな心を縮小させるための筋書となっているわけです。
またそのためには、誹謗中傷される役という者が必要となるわけです。
倫理に反したことをしているから誹謗中傷されても当然と思うかも知れませんが、
それでは同じ穴の狢です。
本当は、辛い役「ありがとうございます」なのです。
何があっても、人を憎まない恨まないことです。
こいつめあいつめと思ったら、あなたもこいつめあいつめなのです。
被害者側の役も大変ですが、誹謗中傷される役も大変です。
そういう役をする者がいて、皆の煩悩が吐き出されるのです。
どうですか、その役あなたにできますか?
善霊である背後霊がついていたとしても、二つの心のパワーを補い筋書を遂行させるのが目的です。
筋書の遂行、つまり煩悩の放出を促すことが目的なわけです。
背後霊なる善霊がついたとしても、結局は煩悩の放出に過ぎません。
覚醒するまでは、どれだけ人のため世のためと思っても、煩悩の放出に過ぎないのです。
何故ならば、覚醒していない者には、何が世のため人のためなのかの判断ができないからです。
ブログ“人のためと人を助けることは違うこと”にある通りです。
人を救い助けることが人のためではありません。
今は、その心の持つ煩悩を如何に吐き出させるか、
あるいは吐き出させず、その人の心の中で処理するように持って行かせるかが人のためになるのです。
しかし、その判断は、私のような半覚醒であっても難しいです。
でも、私の場合は、それが煩悩であるならば決して叶わないようになっています。
もし、自分の煩悩が叶ってしまえば、その過程においてどれだけ苦労をしても自身の心は成長しません。
人様から頂いた煩悩をなくすだけに終わってしまいます。
その煩悩が叶わないならば、その苦しみは自分の心に付加することができます。
但し、それに不平不満を言っていたのでは、付加することはできません。
嫌なこと辛いこと苦しいことに感謝できるようになることです。
そう思うことができるようになれば、嫌なこと辛いこと苦しいことが過ぎ去るのは間近です。
そして、煩悩でない願いは成就して行くことになります。
また、覚醒していない者であっても、私の言う通りに動いて頂くならば
同じように成就することになります。
今ようやくその時が近づいて来ました。
↑1日1回クリックしてください。

小冊子「煩悩のあいうえお」「プラス思考」「霊障」
■お申込みは、 http://wellju.net/booklet.html より
■Part4[心]のお申込みは、http://wellju.net/hadou/hadou4.htm#part4 より
http://wellju.net/