日本の底力、夢の技術で石炭「抑制」→「活用」へ 回収CO2から航空燃料や化学繊維…資源生産へ着々(24年9月3日 読売新聞オンライン無料版)

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写真 瀬戸内の離島・長島にあるカーボンリサイクル実証研究拠点(中央左右の茂みのラインから下)と石炭ガス化実証発電設備(同上。中央のテント型の大型の建物は発電用の石炭貯蔵施設)=広島県大崎上島町(カーボンフロンティア機構提供)

 

(1)「エネルギー自給率が10%の壁を突破しよう」

もし、発生する二酸化炭素(CO2)を減らせたうえに、そのCO2も回収して資源に変えることができたら…。

そんな夢のような技術の実証研究がいま、瀬戸内海の離島で進んでいる。

エネルギー自給率が約10%しかなく、国際紛争などによる供給不安に悩まされる日本にとって国の行く末をも左右する重要な技術が、世界最高峰の研究レベルにより実現しつつある。

政府が掲げる2050年のカーボンニュートラル(※)達成に向け、プロジェクトが着々と進む現地を訪ねた。

※CO2など温室効果ガスの排出量から、回収したCO2をリサイクルして有効利用した分などを差し引きし、温室効果ガスの排出を実質ゼロにすること

 

 

◆革新的な発電施設

 

(2)「石炭火力発電のCO2を90%以上分離・回収」

広島県大崎上島町の「長島」。

総面積1平方キロメートルほどの小さな島に、中国電力と電源開発(Jパワー)が共同出資した「大崎クールジェン」が運営する石炭ガス化実証発電施設がある。

技術の粋を集めた革新的なシステムにより、従来の石炭火力発電に比べて高効率で発電し、90%以上のCO2を分離・回収できることを、経済産業省所管の国立研究開発法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」の委託事業で実証した。

 

(3)「石炭のガス化で〝トリプル複合発電〟の実証実験も」

カギとなる技術は「石炭のガス化」だ。

施設に設置された「ガス化炉」に少量の酸素を送り込みながら石炭を蒸し焼きにすることで、一酸化炭素(CO)と水素(H2)を主成分とする「燃料ガス」を抽出。

ガス化時に発生した熱を回収した後に、燃料ガスを燃やして「ガスタービン」を回して発電。さらにその排ガスの熱で蒸気をつくり「蒸気タービン」も回すという2段階の発電で、エネルギー効率を高めている。

また、CO2を分離回収した後の水素リッチガス(水素濃度の高いガス)を利用した「燃料電池」も加えた〝トリプル複合発電〟の実証実験も行われた。

 

写真 カーボンリサイクル実証研究拠点の正門。この中でCO2を活用するためのさまざまな研究が行われている

 

◆1カ所に集い世界にアピール

 

(4)「発電時に分離回収されたCO2を資源として有用物に変える研究も」

発電施設の隣接地には、CO2を資源として有用物に変えるための研究を行う「カーボンリサイクル実証研究拠点」がある。

NEDO委託事業で、現在、企業や大学で構成される10のグループが研究を進める。1カ所に集めることで情報共有を容易にするとともに切磋琢磨をうながし、技術力の向上を世界へアピールする場ともなる。

発電施設とは400メートルのパイプラインでつなぎ、発電時に分離回収されたCO2が送られてくる。

 

◆CO2吸収、藻類由来の航空燃料で世界リードを

 

(5)「CO2を吸収して成長する微細藻類を使いバイオジェット燃料(持続可能な航空燃料=SAF)」

日本微細藻類技術協会(IMAT)では、光合成によりCO2を吸収して成長する微細藻類を使ったバイオジェット燃料(持続可能な航空燃料=SAF)の研究を行っている。微細藻類は目に見えないほどの大きさで、成長の際に油脂を蓄える種類があり、その油脂がSAFの原料となる。

航空業界では地球温暖化防止の観点から、化石由来の燃料を削減しようとする動きが広がっており、日本の航空会社でも2030年に使用燃料の10%をSAFに置き換えることを目標に掲げている。

SAFというと、一般に廃食用油などがイメージされるが、IMATの青木慎一・研究開発部長によると「(廃食用油では)今後、世界で必要とされる量をまかなうことはできない」と話す。そこで注目されるのが微細藻類由来のSAFというわけだ。

 

(6)「微細藻類は単位面積当たりの収量が非常に多く、砂漠でも培養できる」

微細藻類はトウモロコシや大豆に比べて単位面積当たりの収量が非常に多いだけでなく、「砂漠のような場所でも培養できるので、人間の食料を確保するための農地などと競合せずに済むといったメリットもある」という。

 

写真 微細藻類の培養装置。この「チューブ型」のほかにもフラットパネル型、プール型の培養装置も配置され、どの装置がよいなど、さまざまな比較が行われている

 

◆技術確立で日本が「産油国」に

 

(7)「微細藻類由来のSAFを事業化は米中も激しい開発競争」

微細藻類由来のSAFを事業化できた国はまだない。

国を支える新たな産業にもなり得ることから、現在、米国、中国などと激しい開発競争を繰り広げているが、その勝利のカギを握るのがこの施設だ。

世界で現存する研究拠点のうち、数百リットル規模の培養から収穫、乾燥、さらには油の抽出といった各工程を一貫して検証できるのは、長島のこの施設と米国の施設の2カ所だけ。

事業化を前提としての基盤技術の確立のほか、将来、商用SAFに参入する企業に役立つよう、測定・分析手法などの標準化の研究が日々行われている。

例えば、

1)1万種あるという藻類の中でどの種類を使うのが良いか。

2)培養の際は、

  プール型

  チューブ型

  フラットパネル型-

のどれが良いのか=写真参照。

3)収穫物の乾燥方法

  熱による乾燥

  凍結による乾燥

  粉末にして噴霧する乾燥―

のどの方法が良いかといったことを探っている。

 

青木部長は「1000年先にも残るような技術に関わることができ、やりがいがある」としたうえで、「この技術が確立されれば、日本が〝産油国〟になる日が来る」と意気込む。

 

 

写真 パラキシレン合成の前段となるメタノールの合成装置。屋根の直下(右上)に並ぶ箱状のものがメタノール合成を行う反応器

 

◆繊維やペットボトルも脱化石…世の動き先取り

 

(8)「CO2と水素からメタノールを、さらにそれからパラキシレンを合成し化学繊維など」

研究の対象は、航空燃料の分野だけではない。化学繊維を使った衣料やペットボトルなどの分野でも将来、化石由来でない、持続可能な原料を利用していくことが求められる時代が来ることを見越し、先手を打った研究を行っているのは、川崎重工業と大阪大学のグループだ。

ペットボトルやポリエステルの原料となる「パラキシレン」を合成するにあたり、分離回収されたCO2と水素から、まずメタノールを合成、さらにメタノールからパラキシレンを合成―という2段階のプロセスを踏む。

施設内にはメタノールとパラキシレンの合成装置が設置されており、昨年度はメタノールの合成、今年度はパラキシレン合成の実証研究を実施。

その成果を踏まえ、今後、一貫したプロセスの検討を行う。メタノールの合成装置には、太さの違う筒が並ぶ=写真参照。川崎重工業の砂野(いさの)耕三・技術研究所環境システム研究部長によると「これらはメタノール合成を行う反応器で、大型化に必要な設計データを取得している」と説明する。

また、メタノール合成やパラキシレン合成の際には触媒が必要となるが、メタノール合成では安価で高性能の触媒を、パラキシレン合成では不純物ができにくい触媒の開発を、大阪大学などとともに行っている。

 

写真 石膏を取り出す蒸発濃縮装置(左上のタンク状の設備)と食塩を取り出す同装置(同右上)

 

◆段階ごとに次々と資源生産

 

(9)「回収したCO2と海水を利用し炭酸マグネシウムを生成し半永久的に固定化」

回収したCO2と海水を利用し、最終的にコンクリートや壁面材に利用できる炭酸マグネシウムの生成を行うのは、早稲田大学と海水淡水化装置で知られるササクラ(大阪市西淀川区)のグループだ。

炭酸マグネシウムにたどり着く前の各段階でも、さまざまな資源が生み出されていく点が特徴となっている。

まず、特殊な膜で分離した海水を蒸発濃縮装置にかけ、カルシウム分を含んだ石膏を取り出す。次に残った海水を冷却し、洗剤や染料、ガラスの原料となる芒硝(ぼうしょう)を抽出。芒硝を取り出した残りを、さらに蒸発濃縮装置にかけると食塩が取り出せ、その残りを熱分解炉で乾燥・分解させると酸化マグネシウムができる。それを回収CO2と反応させることで、炭酸マグネシウムとして半永久的に固定化できるという。

ササクラの島田統行(のりゆき)・CO2有効利用技術実証プロジェクト室長によると、この技術は国内で役立つだけでなく、「廃棄物を出さないとの観点から、海水淡水化プラントを導入している中東の国も興味を示している」という。

 

 

写真 ダイヤモンド電極を使ったギ酸生成装置。装置内の上段に並ぶ長方形の箱状のものに、ギ酸を生み出すダイヤモンド電極が納まる

 

◆水素の運搬・貯蔵役に

 

(10)「CO2混合水つかってギ酸を作りそれを輸送や貯蔵し、そこから水素を取り出す」

人工ダイヤモンドを使った電極により、回収CO2と水を反応させて効率よくギ酸を製造する実証研究を行っているのは、慶応義塾大学と東京理科大学、カーボンフロンティア機構(JCOAL)のグループだ。

ダイヤモンド電極は優れた耐久性と安定性があり、繰り返し使えるという特性を持つ。CO2を混ぜた水を板状のダイヤモンド電極で電気分解すると、非常に効率よくギ酸が合成できるという。ギ酸は家畜用飼料の防腐剤や抗菌剤として使われているが、液体である特性を利用して、水素の「輸送体」としての役割も期待できる。

水素は最も軽い気体であるため、輸送や貯蔵が難しい。

ギ酸を分解すると水素が取り出せることから、液体の状態で輸送や貯蔵を行うことが可能になり、そのデメリットが解消されるという。

村田道生・慶応義塾大学特任講師によると、このほかにも「ギ酸の燃料電池は、理論的には水素の燃料電池よりも電圧が高いなど性能がいい」といい、そのまま燃料電池として活用することも考えられるという。

 

写真 パイプラインで送られてきたCO2を貯蔵するタンク。CO2が資源となることを象徴する建築物だ

 

◆新たな視点で考える時期に

 

(11)

カーボンリサイクル実証研究拠点で行われるこれらの研究は、石炭火力発電の排出由来以外のCO2の活用にも生かせる重要な技術だ。

経済産業省が中心となり、関係省庁と連携して策定した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」においても、カーボンリサイクルは、カーボンニュートラル社会を実現するためのキーテクノロジーとして、重要分野の一つに位置付けられている。

ただ、実用化に向けては、実証の場で、論文通りにいかない部分などを克服する必要があり、25年以上先を見据えた地道な取り組みが不可欠となる。

同実証研究拠点のプロジェクトマネージャーを務めるNEDOの吉田准一・サーキュラーエコノミー部カーボンリサイクル化学品燃料チーム長は「カーボンリサイクルの各製品分野における可能な限り早期の技術確立、低コスト化、普及を目指し、技術開発や実証、エコシステム構築の支援を進めていく」と話す。

 

(12)

ロシアのウクライナ侵攻に伴う天然ガス高騰などにより、輸入燃料に頼ったエネルギー計画のリスクが顕在化し、さまざまなエネルギーをバランスよく組み合わせる重要性が改めて浮き彫りになった。

CO2の有効活用が可能になりつつある中、埋蔵量が豊富で地球上の埋蔵地域に偏りがなく、低価格で価格変動も少ない石炭について、旧来とは違った視点で向き合う時期に来ているといえるだろう。

提供:一般財団法人カーボンフロンティア機構