電力市場、外資が変革 米シタデルが国内新興買収 先物で価格予測容易に 料金固定化に期待(24年6月29日 日本経済新聞電子版)
記事(浜美佐)
(1)「外資主導の市場拡大で先物市場の流動性向上により企業や消費者にメリット」
米大手ヘッジファンドのシタデルは28日、日本の新興の電力卸売企業であるエナジーグリッド(東京・中央)を買収すると発表した。
エネルギー価格の乱高下をきっかけに国内電力市場は急成長しており、ここに来て英BPなど外資企業の参入が相次ぐ。
外資主導の市場拡大が軌道に乗れば、先物市場の流動性向上などを通じて一般の企業や消費者にもメリットをもたらす可能性がある。
(2)「売り手、買い手が抱える価格変動リスクを軽減するサービス」
エナジーグリッドは2021年の創業。電力の売り手、買い手が抱える価格変動リスクを、先物取引などを通じて軽減するサービスを請け負う。
電力市場での取引が円滑に進むよう、売り買いの価格を提示するマーケットメークも手掛ける。顧客は発電所を運営する大手電力会社や、電力小売業を手がける新電力だ。
(3)「長期的な電力リスク管理の機会を提供したい」
エナジーグリッドの23年7月時点での取引電力量は98億キロワット時(kWh)と金額ベースで2300億円超。現在の相対取引社数は80社を超える。シタデルはエナジーグリッドの全株式の取得を24年7~9月期に完了し、完全子会社化する。買収金額は非開示だ。
買収後もエナジーグリッドの社名は変更せず事業も継続する。
シタデルの資本力を生かして取引量を拡大したい考えだ。城崎洋平社長は「より多くの参加者に長期的な電力リスク管理の機会を提供したい」と話す。
(4)「シタデル」
欧米など世界のエネルギー市場でエナジーグリッドと同様のリスク管理支援を重点業務とする。
太陽光発電などに影響を及ぼす天候についての専門家も抱える。
1)「日本のエネルギー企業や消費者にヘッジ手段の提供を拡大していく」
コモディティー部門責任者であるセバスチャン・バラック氏は「シタデルの取引やリスク管理の知見とエナジーグリッドが持つ日本国内の専門性を融合させ、日本のエネルギー企業や消費者にヘッジ手段の提供を拡大していく」と述べた。
(5)
シタデルが日本で企業買収するのは初めて。背景には近年の日本の電力市場の急成長がある。例えば電力先物市場。19年に始まった先物取引量は23年に過去最大を記録した。日本卸電力取引所(JEPX)などから調達した現物の電気との値差を決済する仕組みだ。
市場成長のきっかけは21年の日本の異常気象や22年のウクライナ侵略を受けた、2年連続でのエネルギー価格の乱高下。
液化天然ガス(LNG)や石炭などの燃料価格の高騰が電力価格にも波及し、先物によるヘッジのニーズが高まった。
(6)「中小が多い電力小売りは、先物市場ではなく、価格変動が大きい現物で調達してる」
日本の先物市場の取引量は23年時点ではまだ現物取引の1割弱にとどまる。700社以上ある日本の電力小売りのうち、先物を積極的に使う会社は一握りだ。
中小が多い電力小売りは、資金面やデリバティブ(金融派生商品)取引のノウハウの少なさなどから、先物市場に直接参入できず、価格変動が大きい現物で調達せざるを得ない。
(7)取引インフラの面でも、日本取引所グループ(JPX)傘下の東京商品取引所(TOCOM)が19年9月に上場した電力先物は全体のうちのごくわずか。日本の電力先物は電力の売り手と買い手が相対で行う店頭(OTC)取引が主体で、20年に日本でOTC取引のクリアリング(清算)業務を始めた世界最大の電力取引所である欧州エネルギー取引所(EEX)が大半を手掛ける。
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逆に言えば、成長のポテンシャルは大きい。今年6月24日時点までの日本の累計の出来高は277億kWhと、既に23年の年間実績を超え、伸び率はドイツやフランスを大きく上回る。
(8)「電力市場の先物を通して電気料金の固定化につなげる」
最近はBPやフランスのエンジー、スイスのマーキュリア・エナジー・グループなど、海外エネルギー大手の新規参入や日本での拠点設立が相次いでいた。
シタデルのような金融系の取引参加者が加わることで、日本の電力市場の課題だった先物の流動性が大きく向上する可能性がある。
流動性の拡大は、先物市場に直接参加しない消費者や企業など電気の最終需要家にとってメリットをもたらす可能性もある。先物取引が活発になり、その価格が指標として意識されれば、価格の予見性の向上につながるためだ。電力料金の固定化サービスなど消費者にとって魅力的な料金体系やサービスが提供しやすくなる。先物の取引量が現物を上回るなど流動性が高い米欧では既に電気料金の固定化サービスが浸透している。
(浜美佐)
シタデル、商品市場で存在感
今回の買収は世界最大規模のコモディティー投資家であるシタデルのコモディティー部門が主導した。同部門は世界9拠点に180人超の投資の専門家が在籍。天然ガスや電力だけでなく、環境や天候といった分野についてもカバーする。
シタデルは株や債券、商品などに幅広く投資するヘッジファンドで、運用総額は6月1日時点で630億ドル(約10兆円)。著名投資家のケン・グリフィン氏が最高経営責任者(CEO)と、共同最高投資責任者(CIO)を兼務する。英LCHインベストメンツの調査によると、創業来の利益ランキングは2年連続の首位で「ヘッジファンドの王者」とも称される。
一方のエナジーグリッドは米総合エネルギー企業のエンロンや米ゴールドマン・サックスなどでエネルギー取引を手がけた城崎洋平社長が2021年に設立した新興の企業。マーケットメーカー(値付け業者)として電力を売りたい、または買いたい顧客に対して価格を提示してきた。