春秋(24年6月28日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)昭和天皇は皇太子だった1921年に英国を初訪問している。

出発時19歳。大正天皇の体調が悪く、貞明皇后は息子の外遊を嫌がった。警護面を心配する向きもあった。それでも見聞を広める経験は将来の天皇に欠かせない。渡英はくすぶる慎重論を振り切り決行された。

 

(2)▼片道2カ月の船旅である。

往路の洋上、若き皇太子のテーブルマナーの間違いや不適切な会話に、随行の側近らは相当無遠慮に苦言を呈したそうだ(「沢田節蔵回想録」)。

ご本人は渋い顔をしながらも聞き入れ、英国到着に向け準備を進めたという。国際社会ではなお新参の日本であった。皇室外交も手探りだったろう。

 

(3)▼それから1世紀余。

天皇陛下が目下訪英中だ。海外経験は豊富で祖父のような苦労は少ないかもしれぬ。ただ陛下は陛下として綿密な準備を重ねて臨まれたのではないか。

晩餐(ばんさん)会では戦禍の過去に触れつつ、地球規模の諸課題に世界全体で対処しなければと訴えられた。国際感覚が前面に出るスピーチは令和流ともいえよう。

 

(4)▼昭和天皇は後に、人生で最も感銘深かったことに青年期の英国の旅を挙げている。

その特別な感情は上皇さま、そして陛下へ受け継がれてきた。

「雄大な山を先人が踏み固めた道」。陛下は今回、日英親善の歩みをそんなふうに表現された。政治とはまた別の角度でのびる友情の道である。我々も草の根で一翼を担いたい。