漫画、AI翻訳で世界配信 集英社など新興に出資 作業時間、従来の半分以下(24年6月26日 日本経済新聞電子版)

 

記事(西岡杏)

 

(1)要点「漫画を翻訳するAIを手掛けるマントラ社に出資」

集英社、小学館などの出版大手は漫画を翻訳する人工知能(AI)を手掛けるマントラ(東京・文京)に出資した。マントラは翻訳時間を従来の半分以下に短縮できる技術を持つ。

調達資金で人員を3倍に増やし、翻訳精度を高める。サイバーエージェントは2024年中にも独自の翻訳AIを開発する。海外で人気の高い日本の漫画の世界同時配信を増やす。

 

写真 マントラはAIで漫画を翻訳するツールを提供している

 

(2)「マントラ社は東大発スタートアップ 機械翻訳や画像認識の研究者が20年に設立」

マントラには集英社と小学館のほか、KADOKAWAやスクウェア・エニックス・ホールディングス(HD)、投資ファンドなどが第三者割当増資を引き受け総額7億8000万円を出資した。

マントラは東大発スタートアップで、機械翻訳や画像認識の研究者が20年に設立した。電子コミック向けに漫画に特化した翻訳AIをクラウドで提供する。

 

(3)画像認識で吹き出しの中のセリフを解析しAIで翻訳した後、翻訳家が表現を修正する。

作品にもよるが、翻訳にかかる時間を従来の半分以下の最短2日程度に短縮できる。小学館では人手で7日程度かかっていたが、AI活用で3日程度に縮められるとみている。

 

(4)「漫画は独特の言い回しが多く、翻訳が難しい」

マントラは画像認識技術と大規模言語モデル(LLM)を組み合わせて、どのキャラクターが話したセリフか推定し、その情報を基に翻訳する。

英語の場合、誤訳の割合は1.6%だ。

今回の調達資金で機械学習分野を中心にエンジニアや研究者を採用し、25年にも人材を現在の3倍の35人に増やす。翻訳の精度をさらに高め、小説やゲーム、動画などにも翻訳を広げる。

 

 

(5)(大手出版社)

 マントラは漫画のAI翻訳で競合に比べて実用化で先行している。

英語や中国語、ポルトガル語など18言語に対応し、出版社や翻訳会社が月間約10万ページ(単行本約500冊分)の翻訳に活用している。

(集英社)

 「ONE PIECE(ワンピース)」「SPY×FAMILY(スパイファミリー)」のベトナム語訳などに使った。

(小学館)

 マントラの翻訳AIを自社の作品に使いやすいようにカスタマイズし、世界同時配信の作品を増やす。24年度中にもコンテンツを配信するプラットフォームを構築する。

 

(6)「漫画翻訳にAIを活用する動きは広がっている」

(サイバーエージェント)

 専門組織を立ち上げ、24年中にも翻訳AIを開発する。広告分野で培った光学文字認識技術(OCR)や日本語LLMを生かす。まず英語、スペイン語、フランス語などを検討中だ。

(漫画のAI翻訳を手掛けるオレンジ(東京・港))

 今夏にも米国で翻訳作品の配信を始める。小学館など10社から総額29.2億円を調達。翻訳家を支援し、年内に月500点を翻訳できる体制を構築し、将来的には5年で5万点の翻訳を目指す。

(政府)

 6月上旬、コンテンツ産業の輸出額を33年にも22年の4倍の20兆円に増やす目標を掲げた。日本の漫画は海外でも人気が高いが、英訳された作品は1万4000点程度と全体の2%に満たない。市場開拓の余地が大きい。

 

(7)

海賊版の対策にもつながる。

(コンテンツ海外流通促進機構(CODA))

 22年の海賊版による出版分野の被害額は3952億~8311億円。

(集英社)

 著作権侵害対策を担当する伊東敦氏は「海賊版の被害が大きい海外での正規版流通に注力する」と話す。

 

(8)「AI翻訳への懸念」

 翻訳家500人超が加盟する日本翻訳者協会(東京・渋谷)は5日、「現時点でのAIによる翻訳は作品のニュアンスや文化的背景、登場人物の特徴を十分に反映できる品質に達していない」と表明した。

上村魁副理事長は「翻訳者は作品の世界観を正しく伝えるための取材など様々な工程がある。翻訳工程の短縮だけが注目され、翻訳の質の低下や労働環境の悪化につながらないようにしてほしい」と話す。

 

(9)「AIだけで翻訳は完結しない。翻訳者の理解が重要」

(大日本印刷)

スマートフォンの縦読み漫画アプリでAI翻訳を検討している大日本印刷は「AIだけで翻訳は完結しない。翻訳者の理解を得るためにはどのような仕組みであるべきかを検討している」という。

 

(西岡杏)