「イスラエル安全な場所ない」 見えぬ人質奪還、市民不満 反政府デモ拡大(24年6月26日 日本経済新聞電子版)

 

 

写真 南部レイムの音楽祭現場には犠牲となった若者の写真がずらりと並ぶ(24日)

 

記事(テルアビブ=渡辺夏奈)

 

(1)「イスラエルで反政府デモが拡大してきた」

22日にはテルアビブで市民15万人が参加し、イスラム組織ハマスの襲撃以降で最大規模になった。多くの人質がパレスチナ自治区ガザに捕らわれたままで戦闘にも終わりが見えない。不満を募らせる市民を現地で取材した。

 

(2)「ハマスがキブツを襲撃」

ガザから5キロメートルほどにあるキブツ(集団農場)、ベエリ。イスラエル軍が発射する大砲の音が幾度となく聞こえてくる。

2023年10月7日、この町はハマスの襲撃を受けた。100人以上が犠牲となり、30人が人質としてガザに連れ去られた。

立ち並ぶ家は焼かれ、黒焦げだ。住民が使ったであろう自転車は放置されていた。家の中に足を踏み入れると壁にはいくつもの弾痕が残り、あたり一面にがれきが散乱していた。

難を逃れた住民は他の町へと移った。1200人いた人口は100人ほどに減った。

 

(3)「イスラエルに安全な場所などない」。

今もベエリにとどまるニリ・バル・シナイさん(73)はつぶやく。同国北部では現在もイスラム教シーア派組織ヒズボラとの戦いが続く。地元紙によると6万人が自宅から退避し、避難生活を余儀なくされている。

シナイさんは襲撃で夫を亡くした。

近くに住む娘の様子を見に行った際にバルコニーで撃たれた。「ハマスは楽しげに住民を殺してまわった」。目に涙を浮かべながらもこう付け加えた。「意味のない憎み合いをいつまで続けるのか」

ガザに連れ去られた人質はイスラエル全体で250人に上り、100人以上が戻っていない。やみくもに戦闘を続けるが人質を奪還できない政府に国民の怒りが向く。

 

(4)「人質100人のうち生存は50人。彼らを取り戻せ!」

22日、多くの国民がプラカードを手にテルアビブで反政府デモを繰り広げた。15万人という参加規模はハマス襲撃以降で最大規模との報道もある。

「政府は人質救出のためにベストを尽くしていない。このままでは今生きている人質の命も危ない」。

テルアビブ近郊に住む女子高校生、ベレド・アルマさん(16)は憤る。

(米紙ウォール・ストリート・ジャーナル)

 20日、米政府関係者の見方として、現在ガザに捕らわれている人質のうち生存者は50人程度しかいないと報じた。

 

(5)「野外音楽祭の会場をハマスが襲撃した」

約360人が犠牲となった南部レイム。野外音楽祭の会場をハマスが襲撃した。

現場には犠牲となった若者の写真が地元で有名なポピーの造花と共にずらりと並び、凄惨な被害を物語る。

慰霊に訪れる人は少なくない。エルサレムから訪れた看護師のラチェル・タバスキーさん(50)は写真の中に友人の息子の姿を見つけた。

「イスラエルは小さな国。多くの人が親族や友人を亡くしたり、人質に取られたりしている」と語る。

 

(6)イスラエルの人口は1000万人足らずだ。ハマスの襲撃では1000人以上が犠牲になった。

街中やオフィス、空港などあらゆる場所に今なお帰らない人質のポスターが張られている。

中央に写真の代わりに鏡が貼り付けられたポスターも見つけた。

「人質はあなただったかもしれない」。鏡の下に書かれたメッセージは皆が団結して最後の一人まで取り戻すという市民の決意にも見えた。

(テルアビブ=渡辺夏奈)