大学発スタートアップ、5年で9割増 富山は4倍、元経営者知事が旗振り 地方に起業広がる(24年6月22日 日本経済新聞電子版)

 

記事(牛山知也)

 

(1)要点

大学の研究成果などを生かして起業する「大学発スタートアップ」が増えている。経済産業省の調査では、2023年度は4288社と5年前より9割増えた。

学校数あたりの企業数は富山県が最も伸びた。民間出身知事のトップダウンによる支援体制の強化などが奏功しており、これまでの大都市中心から全国へと起業の裾野が広がる。

 

 

(2)経産省の「大学発ベンチャー実態等調査」から都道府県別の企業数を抽出。

これを各都道府県の大学数(短大・高等専門学校を含む)で割り、23年度と新型コロナウイルス禍前の18年度を比較した。

伸び率

 富山県が4.0倍で、1位

 奈良県が2.6倍、

 岐阜県が2.5倍

で続いた。

 

(3)「起業したことでスピード感を持って製品化できた」。

22年に富山大学発スタートアップ第1号に認定されたラボテクス(富山市)の仁井見英樹代表取締役は実感する。

同大で教職員が起業できる制度が始まった21年に創業。通常は数日かかる医薬品の無菌検査を1日で終える検査キットを22年に製品化した。

同大医学部教授でもある仁井見氏は「社会に直接役立つ実用化研究を手掛けたい」という思いを抱いてきた。企業との共同研究にも取り組んだが、製品化には多くの意思決定プロセスが必要だった。

 

 

仁井見氏は大学から「お墨付き」を得たことで、起業の際の課題になる資金調達にもプラスに働くとみる。

「大学の研究設備が使えるメリットも大きい」。

富山県の支援対象にも選ばれ、経営の専門家らの指導を受けて迅速な製品化にこぎ着けた。

 

(4)富山県

 21年度まで大学発スタートアップ数が最下位だった。

20年に経営者出身の新田八朗知事が就任。22年に公表した県の成長戦略の柱にスタートアップ支援を位置づけた。26年度までに新規株式公開1社、大学発スタートアップ10社以上という目標を掲げる。

(富山大でスタートアップ支援を担う学術研究・産学連携本部の大森清人教授)

 「年間3~5件ほど継続的に事業化したい」と話す。少子化が急速に進むなか、将来的な学生確保に向けた大学のアピールにもつながるとみる。

「教員や学生の意識を変え、新事業に取り組む地元企業の期待にも応えたい」

 

(5)奈良県

 奈良先端科学技術大学院大学発のスタートアップが1.6倍の25社に増えた。

23年就任の山下真知事は24年1月に支援体制の強化を表明した。「研究成果をすぐにビジネスに結びつけたい」と意気込んでおり、大学の研究成果の事業化に向けた資金補助などに乗り出す。

 

(6)先進県

 トップダウンなどでこれまでの遅れを取り戻そうとしている両県に対し、「先進県」では地方銀行などによる支援の動きも広がる。

茨城県

 大学あたりの企業数が東京に次いで2位の茨城県は、大学別でも筑波大が5位に入っている。

地元の常陽銀行などは19年に10億円規模の支援ファンド「つくばエクシードファンド」を立ち上げた。これまでに11社に投資し、スマートロック開発のフォトシンスが株式公開にこぎ着けた。23年末には後継ファンドも立ち上げ、すでに3社に投資している。

 

(7)「数を追うのではなく、起業後の成長をしっかりと支援できる体制を整えて」

米国では多くの大学発スタートアップがイノベーションを生み出し、産業の活性化にも貢献している。

日本では都市部を中心に拡大してきたが、大学や自治体などの支援体制や地域産業とのつながりが十分とは言えない地域も残る。

野村総合研究所の本田和大シニアコンサルタントは、「無理に数を追うのではなく、起業後の成長をしっかりと支援できる体制を整えていくべきだ」と話している。

(牛山知也)