春秋(24年6月20日 日本経済新聞電子版)

 

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(1)新宿副都心に立つ東京都庁舎は壮麗なゴシック教会のようだ。

高さ243メートルのツインタワーが誕生したのは平成の初めだった。最近は壁面を彩るプロジェクションマッピングが話題になるが、この建造物の超然たる雰囲気は変わらない。巨匠・丹下健三氏の作品である。

 

(2)▼じつは、まったく違う風景が出現する可能性もあった。

丹下門下の磯崎新氏があえてコンペに出したのは、空中ブリッジで結んだ4棟の低層ビルの真ん中に広場を設けるデザインだ。都民が気軽に集まれるシティーホールをめざしたという。しかし磯崎案は顧みられず、堅固な2つの塔が首都の権威を象徴していまに至る。

 

(3)▼都知事選がきょう告示される。

庁舎も巨大なら予算も職員数も桁外れの自治体だ。その顔をめぐる戦いも異様といっていい。じっくり考えたいテーマが山ほどあるのに、ワンフレーズの飛びかう空中戦ばかり見せられるのがこの選挙の常だ。ここで名前を売ろうという面々も大挙して出馬し、ほとんどカオスの様相である。

 

(4)▼かの丹下氏は、丸の内にあった旧都庁舎の設計も手がけた。

完工は1957年。街に戦前の面影さえ残る時代である。巨匠はまだ若く、人々の民主主義への思いも熱く、それが庁舎の控えめなたたずまいに反映されていたのかもしれない。どこかに「初心」を忘れたまま膨張した首都で、有権者1150万人の悩みは深い。