春秋(24年6月18日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)場所はニューヨーク、12人の陪審員が集まって……と聞いただけで、映画好きの方ならシドニー・ルメット監督の名作「十二人の怒れる男」(1957年)を思い出したことだろう。先月末に、トランプ前大統領を裁く最初の刑事裁判が開かれ、有罪の評決が下された。

 

(2)▼同州では陪審員全員の意見が一致しなければ決着しない。

作品の見どころはまさにそこで、ただひとり被告の無罪の可能性に賭ける陪審員(ヘンリー・フォンダ)が、次々と他の11人の主張を覆していく。このたびの密室では、どんな熱い議論が交わされたのか。想像しながら映画を見直して、はっとする場面に出合った。

 

(3)▼移民とおぼしき陪審員が、たどたどしい英語でこの裁判制度の意味を懸命に語ろうとする。

赤の他人同士が郵便1通で招集され、全く知らない人間の有罪無罪を決める。「これが実は民主主義の素晴らしいところだ」「この国が強い理由はここにある」と。全員一致の原則は、米国流デモクラシーの体現なのだと納得した。

 

(4)▼出自も職業も価値観も異なる人々が、徹底的に考えを述べ、結論に至れば完全に同意できなくても従う。

その合理的なプロセス自体を尊重する。米大統領選の根底にある思想も同じだろう。27日にはトランプ氏とバイデン大統領のテレビ討論会がある。映画のような名セリフの応酬を期待するのは無理というものだろうか。