「国境」をどう読むかという難問(社会部デスク)石川剛(24年6月16日 読売新聞オンライン無料版)
記事の概要
(1)要点「「総ルビ」の読売KODOMO新聞 膨大な作業」
(2)「そもそも、読み方がわからない言葉が出てくる」
(3)「こっきょう」のトンネルか、「くにざかい」のトンネルか 研究者も論争」
(4)「泣く泣くこの一文をあきらめた」
(5)「三羽「さんわ」か「さんば」か、10羽「じゅうわ」か「じゅっぱ」か「じっぱ」か」
(6)「ルビがあったから江戸川乱歩の「少年探偵団」も読めた」
(7)「小学生の頃に自分もルビの恩恵にあずかっていたことを思い出した」
記事
(1)要点「「総ルビ」の読売KODOMO新聞 膨大な作業」
社会部のデスク業務と並行して、読売KODOMO新聞の編集長を務めている。
KODOMO新聞は毎週木曜日に1週間分のニュースをまとめてお届けする小学生向け新聞で、読売新聞本紙との最大の違いは「ルビ」の有無。
KODOMO新聞は、まだ習っていない漢字があっても読み進められるように「総ルビ」としている。原稿だけでなく、説明図にもルビを振る必要があり、その作業量は膨大で、時々、放り出したくなる。
◆「ルビ」がやっかいな二つの理由
写真 読売KODOMO新聞 2024年6月13日号2面より
(2)「そもそも、読み方がわからない言葉が出てくる」
ルビの「やっかいさ」はこれだけではない。編集長として紙面チェックするなかで、ほかの活字よりもずっと小さいルビは、間違いに気づきにくい。「も」とすべきところに「ま」と書かれていても、老眼が始まった私の目では見逃してしまう恐れがある。
もっと本質的な問題もある。そもそも、読み方がわからない言葉が出てくるのだ。
たとえば、囲碁文化の発展に寄与したとして、日本棋院が2022年11月、川端康成を殿堂入りさせることを決めたニュースを報じた時のこと。
今の小学生にとって、1972年に亡くなった川端康成は、いわば歴史上の人物。ならば名作「雪国」の冒頭の一文を引用し、川端のすごさを丁寧に説明しよう。担当記者と私の考えはぴたりと一致した。
(3)「こっきょう」のトンネルか、「くにざかい」のトンネルか 研究者も論争」
国境こっきょう の 長なが いトンネルを 抜ぬ けると 雪ゆき国ぐに であった。
この有名すぎる書き出しは、主人公が国鉄・上越線に乗り、群馬県側から「清水トンネル」を通って、新潟県側に出た際の情景とされる。群馬県はかつて「 上野国こうずけのくに 」、新潟県は「 越後国えちごのくに 」と呼ばれていたので、川端は「国境」と表したのだろう。
ところがである。私のチェックを通った原稿が、紙面として印刷が始まる直前になって、担当記者から「待った」がかかった。いわく「こっきょうと読むのか、くにざかいと読むのか、今も研究者の間で論争が続いている」と。
(4)「泣く泣くこの一文をあきらめた」
急いでインターネットで調べてみると、確かに大論争となっていた。
「こっきょう」とは国と国の境をいうのであって、日本国内で使うのであれば「くにざかい」と読むべきだ。
いや。日本語の美しさに定評がある川端ならば詩的な美しさを重視して、濁点のない「こっきょう」と読ませたはずだ。
KODOMO新聞編集室内でも議論したが、「これだ」という決め手がなく、泣く泣くこの一文を紹介するのをあきらめた。
◆助数詞のワナ
(5)「三羽「さんわ」か「さんば」か、10羽「じゅうわ」か「じゅっぱ」か「じっぱ」か」
ルビを巡る困難はこれだけではない。インコやオウムなどの「鳥」をテーマにした記事では、「羽」にどうルビを振るかという難題が立ちはだかった。
「1 羽わ 」「2 羽わ 」。ここまでは良い。では「3羽」は? 「三羽ガラス」という場合は「さんば」と読むが、「さんわ」と読んでも間違いではない。
それならば「10羽」はどうか? 「じゅうわ」なのか「じゅっぱ」なのか「じっぱ」なのか? 「じっぱ」と読ませるとして「10 羽ぱ 」とルビを振った場合、子どもたちは「じゅうぱ」と読んでしまうのではないか?
議論は「ぴき」「ひき」「びき」と読むことができる「匹」にどうルビを振るかにまで発展し、混迷を極めた。最終的にはすべての「羽」に「わ」とルビ振ったのだが、果たしてこれで良かったかどうか。
◆ルビは子どもにとっての「宝石」
写真 少年H(妹尾河童、講談社文庫)
(6)「ルビがあったから江戸川乱歩の「少年探偵団」も読めた」
1997年に刊行された「少年H」のなかで、作者の妹尾河童さんはこう書いている。
この本は 総そう ルビに近いほど、 漢かん字じ という漢字にルビをふりました。(中略) 昔むかし の本には、こんな 風ふう にすべての漢字にルビがついていたお 陰かげ で、ぼくは大人の本を読むことができたし、漢字を 覚おぼ えることもできました。
私自身の小学生時代を振り返ると、江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」を夢中で読んでいたことを思い出した。戦前に始まったこのシリーズには、小学生では理解が難しい言葉づかいもあったが、それでもあきらめずに読み進められたのは、難読字にルビが振られていたことが大きかったと思う。
写真 少年探偵シリーズ(1)怪人二十面相(江戸川乱歩、ポプラ文庫)
このお話は、そういう 出しゅつ没ぼつ自じ在ざい 、 神しん変ぺん ふかしぎの怪賊と、日本一の 名めい探たん偵てい明あけ智ち小こ五ご郎ろう との、力と力、知恵と知恵、火花をちらす、一 騎き うちの 大だい闘とう争そう の物語です。(江戸川乱歩「怪人二十面相」)
(7)「小学生の頃は自分もルビの恩恵にあずかっていたことを思い出した」
「よみがな」とも言われるルビの語源は、宝石の「ルビー」だという。日本が西洋文明の手本としたヨーロッパで、文字の大きさを「ダイヤモンド」「パール」と宝石の名前をつけて区別していたことに由来するらしい。
この欄の冒頭、ルビを「やっかい者」と断じたが、小学生の頃は自分もその恩恵にあずかっていたことを思い出すことができた。この「宝石」を今の子どもたちに渡してあげるのが、KODOMO新聞編集長としての役割だろう。
(8)そうだ。「ルビの奥深さ」をKODOMO新聞で特集しよう。私たちの失敗談も含めて、日本語のおもしろさや難しさについて、読者といっしょに考えることができるはずだ。
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プロフィル
石川 剛( いしかわ・たけし )
2000年入社。山形支局などを経て2006年から社会部。東京都庁や復興庁を担当。2021年9月から社会部デスク。読売KODOMO新聞の編集長も務める。