中国、日本海進出に布石 中ロ朝が豆満江めぐり急接近 大型船通航なら軍事脅威(24年6月12日 日本経済新聞電子版)
記事の概要
(1)要点
中国船がロ朝の領土部分を自由に通れるようになれば、内陸部の吉林省から日本海にアクセスできるようになる。日本にとって軍事的な脅威が増す可能性が出てきた。
(2)「中露は豆満江下流域の中国船航行を北朝鮮と共に対話する」
◆中国に対して軟化したロシア
(3)「中国はかねて日本海までの通航を認めるようロ朝に求めてきた」
(4)「背景には3カ国の力関係における変化 露の中朝依存」
(5)「中国が積極的に中国船の豆満江通航を提唱」
(6)「日韓を含む北東アジアの経済交流の促進につながる」
(7)「上流の吉林省防川村に中国海警局巡視船の補給基地もつくれる」
◆尖閣の警備手薄
(8)「中国海警船が日本海で自由に動けば、日本側は東シナ海の警備が手薄になる」
(9)「中ロ両軍は日本海で海空軍事演習や爆撃機共同飛行を重ねてきた」
(10)「東アジアの安保環境はいっそう不安定」
記事
(1)要点
中国とロシア、北朝鮮が近く3カ国の国境沿いを流れる河川「豆満江(とまんこう)」をめぐって協議を始める。
中国船がロ朝の領土部分を自由に通れるようになれば、内陸部の吉林省から日本海にアクセスできるようになる。日本にとって軍事的な脅威が増す可能性が出てきた。
(2)5月16日、北京。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席とロシアのプーチン大統領が会談後に署名した共同声明にこんな一文が入った。
「双方は図們江下流域における中国船の航行について北朝鮮と共に建設的な対話を行う」
図們江は豆満江の中国名だ。
中朝の国境地帯を東に流れ、日本海に注ぎ込む。下流域はロシアも含めた3カ国の国境線と重なる。現在、中国船が豆満江を自由に通航できるのは吉林省東端の防川村までだ。
その先のおよそ15キロメートルを中国船が航行して日本海へ出るにはロシアと北朝鮮の了承が要る。そもそも旧ソ連がかけた高さ7メートルほどの橋があり、大型の中国船は通れない。
◆軟化したロシア
(3)この地域は帝政ロシアが1860年代に占領するまで中国領だった。中国はかねて日本海までの通航を認めるようロ朝に求めてきた。豆満江沿いの国境地帯に経済特区を設け、3カ国の共同発展を促す構想も示した。
(4)「背景には3カ国の力関係における変化 露の中朝依存」
ロシアは極東地域での中国の影響力拡大を危ぶみ、中国側の提案に否定的だった。にもかかわらず今回の共同声明に中ロ朝の対話開始を盛り込んだ背景には3カ国の力関係の変化がある。
ロシア
2022年のウクライナ侵略後、中国へのエネルギー輸出を増やしてきた。輸入面でも電子部品や自動車を中国に頼り、ロシアの輸入額に占める中国の比率はウクライナ侵略前の22%から23年に37%へ上昇した。北朝鮮からも砲弾などの兵器供給を受けている。
米欧の制裁によって厳しい経済に直面するロシアと北朝鮮が接近し、同時に中国への依存を深める構図だ。
(5)「中国が積極的に中国船の豆満江通航を提唱」
4月には中国共産党序列3位の趙楽際(ジャオ・ルォージー)全国人民代表大会常務委員長が訪朝し、金正恩(キム・ジョンウン)総書記と会談した。
中国人民大学重陽金融研究院の王文執行院長は、北朝鮮も国境河川に関する3カ国の対話に同意するとの見通しを示す。同氏はロシアが極東ウラジオストクで22年9月に開いた「東方経済フォーラム」で豆満江の中国船通航を提唱した。
(6)「日韓を含む北東アジアの経済交流の促進につながる」
中国は協議でロ朝の了承を得られれば豆満江下流域の川幅の拡張や橋の取り壊しを検討する。王氏は大型船が通れるようになれば「中国の物資を低コストで海上輸送しやすくなり、日韓を含む北東アジアの経済交流の促進につながる」と分析する。
(7)「上流の吉林省防川村に中国海警局の巡視船の補給基地もつくれる」
中国が朝鮮半島の東側から日本海にアクセスできるようになると、日本を取り巻く安全保障にも重大な意味を持つ。
(九州大学の益尾知佐子教授)
中国側が通航させようとする大型船は海上警備を担う中国海警局の巡視船などを含み、日本海への進出が増える可能性を指摘する。
◆尖閣の警備手薄
(8)「中国海警船が日本海で自由に動けば、日本側は東シナ海の警備が手薄になる」
日本の海上保安庁は現在、中国船が領海侵入を繰り返す沖縄県・尖閣諸島周辺の警備に追われている。
第11管区海上保安本部(那覇)によると機関砲のようなものを搭載した中国海警局の船4隻が6月7日、ほぼ同時に尖閣周辺の領海に入った。
(益尾氏)
「中国海警船が日本海で活発に動くようになれば、尖閣周辺を監視する海保船を振り向けざるを得なくなる。東シナ海の警備が手薄になりかねない」とみる。
(9)「中ロ両軍は日本海で海空軍事演習や爆撃機共同飛行を重ねてきた」
中ロ声明は軍事分野で合同演習や訓練の規模を拡大し、海空域での定期的な共同パトロールを強めるとも記した。
中ロ両軍は日本海で海空の合同軍事演習や爆撃機の共同飛行を重ねてきた。人民武装警察部隊の指揮下にあり事実上の「第二の海軍」にあたる海警局が加われば、軍事行動の範囲が広がる恐れがある。
(10)「東アジアの安保環境はいっそう不安定」
豆満江をめぐる中ロ朝の急接近はパワーバランスの変化を映す。中国が影響力を増す形で3カ国の軍事的な結束が深まれば、東アジアの安保環境はいっそう不安定になる。
(北京=田島如生)