認知症の遺伝要因、国民1%に 治療薬に影響、検証欠かせず(24年6月9日 日本経済新聞電子版)

 

記事(松田省吾)

 

 

 

(1)認知症のアルツハイマー病の病変に関わる遺伝子について、新たな戦略を求めた論文が注目を集める。

対象者は日本人の0.5~1%ともいわれる。

治療薬の副作用などに違いがあり、対象者には診断や治療で別のアプローチが必要なのかもしれない。

 

(2)「この遺伝子を持つ人は65歳までにほぼ全員でアルツハイマー病の発症」

(スペインのサンパウ病院などのグループ)

 5月、米国のアルツハイマー病研究センターのデータなどを分析した論文を科学誌ネイチャー・メディシンに発表した。

ある遺伝的特徴を持つ人では65歳までにほぼ全員で、アルツハイマー病の発症にかかわるといわれる物質「アミロイドベータ」が脳内に蓄積した証拠を確認したと報告した。

 

(3)「APOE4遺伝子を両親から受け取った「APOE4ホモ接合体」」

この特徴

 APOE4遺伝子を両親から受け取った「APOE4ホモ接合体」だ。

 APOE遺伝子は血液中の脂質を運ぶ役割をする「アポリポたんぱく質E」を作る。構造がわずかに異なる2、3、4型の遺伝子多型がある。

3型を持つ人が最も多く、4型だけがアルツハイマー病のリスク因子として知られている。

4型はアミロイドベータをたまりやすくさせるが、詳しいメカニズムは不明だ。

 

(4)以前からAPOE4ホモ接合体が高リスクなのは知られていた。

(国立長寿医療研究センターの里直行分子基盤研究部長)

 この論文について「APOE4ホモ接合体のリスクを再確認し、適した治療戦略を検討する必要性をあらためて指摘したことが評価されたのではないか」と話す。

 

(5)「アルツハイマー病にかかわる3つの家族性の遺伝的な原因に追加する因子」

アルツハイマー病では「APP」「プレセニリン1及び2」という3つの家族性の遺伝的な原因が知られる。論文はAPOE4ホモ接合体をそれに続く因子と指摘した。

両親の一方から受け取った「ヘテロ接合体」の日本人の発症リスクは全く持たない人の3~4倍、ホモ接合体で約10倍ともいわれる。

 

(6)「家族性の因子によるアルツハイマー病は1%以下」

アミロイドベータが脳内にたまっても必ず発症するわけではない。

国内の認知症の人

 22年時点で約440万人、その半分以上がアルツハイマー病といわれる。

 家族性はその1%以下にすぎない。

 一方、APOE4はヘテロ接合体が日本人の1~2割、ホモ接合体は200人に1~2人といわれている。

 

 

(7)「アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が登場」

APOEが今注目されるのはアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が登場したからだ。

米食品医薬品局(FDA)は2023年7月、承認時に薬の添付文書に「APOE遺伝子型の検査を行うことを推奨する」との注意書きを加えた。

 

(8)「APOE4ホモ接合体の副作用」

APOE4ホモ接合体の人では画像診断で浮腫や出血がみつかる「アミロイド関連画像異常」という副作用が起きる可能性が高まる。

臨床試験(治験)ではホモ接合体の人の32.6%で浮腫が起きた。APOE4のない人は約5%にとどまる。

国内ではAPOEの検査は薬事承認されていない。

副作用のリスクには、投与した全例の調査を課すと共に、磁気共鳴画像装置(MRI)があり、対応できる専門医のいる医療機関に使用を限るなどガイドラインを厳しくして備えた。

 

 

(9)4月からは新たな取り組みも始まった。

日本医療研究開発機構が主導する研究で数百の施設と協力し、レカネマブを投与する全ての患者を対象にAPOEの検査を行う。研究班が患者に説明し、同意を得て検査した結果を返す。患者はそれを主治医と共有できる。

薬の効きの違いも注目されている。

レカネマブや後続薬「ドナネマブ」の治験データを見ると、APOE4ホモ接合体では効きにくくみえる。

(東京大学の岩坪威教授)

 「ホモ接合体の例数が少なく、結果にばらつきが大きかったことなどによる影響が出ており、解析結果の信頼度が高いとはいえない」と説明する。

 

(新潟大学の池内健教授)

 「より多くのデータをとって検証する必要がある」と話す。米国ではホモ接合体の人に投与を薦めない医師もいるという。副作用と効果のバランスが問われている。

 

(10)

遺伝的特徴は子に及ぶ。親がホモ接合体ならば、子は引き継ぐ。

きちんとした情報提供や支援がなければ、将来への不安や誤解をもたらしかねない。池内氏は「検査後のフォローが重要になる。検査を実用化する際には専門家によるカウンセリングの体制整備とセットにすることも大事だ」と強調する。

(松田省吾)