経済教室 変わる家族像(上) 社会保障制度を個人単位に 山田昌弘(中央大学教授)(24年6月7日 日本経済新聞電子版)

 

記事の概要

(1)「一人暮らしの高齢者が1千万人を超える社会が2050年」

(2)「未婚で子どもがいない一人暮らし高齢者が増える」

(3)「今の若い人は4人に1人が生涯未婚で、結婚した3組に1組以上が離婚する」

(4)「今までは結婚したければ結婚できると思えたが、将来は8割以上が結婚を実現できない」

(5)「いまは結婚、離婚、再婚、どうなるか判らない時代」

(6)「現行の社会保障制度の前提は標準的ライフコースをたどる人々」

(7)「正社員以外の不安定収入の多くの男性は、子を養う収入が得られないリスクが増えている」

(8)「人々が貧困など生活困難に陥ることを防ぎ、生活困難に陥った人を救い出すのが社会保障」

(9)「厚生年金、国民年金の目的」

(10)「50年ぐらい前までまでは男性にも女性にもうまくいった制度だった」

(11)「家族や雇用においてもリスクが高まり、社会保障制度からこぼれる人が増えた」

(12)「若者は、老後生活のリスクを避けるため、結婚相手の選択に慎重になる」

(13)「十分な収入を得らる若者が減少し結婚できない人が増え未婚者が増え、ますます若者の不安が増す」

(14)「今の社会保障制度を「個人単位」に構築し直す必要がある」

 

記事

 

(1)「一人暮らしの高齢者が1千万人を超える社会が2050年」

国立社会保障・人口問題研究所が4月に「日本の世帯数の将来推計」を公表した。2050年には単独(一人暮らし)世帯が44.3%に達し、特に一人暮らしをする65歳以上の人が男性は450万人、女性は633万人になると推計されている。つまり一人暮らしの高齢者が1千万人を超える社会がもうすぐ到来する。

 

 

 

(2)「未婚で子どもがいない一人暮らし高齢者が増える」

問題はその中身だ。20年時点でも高齢一人暮らし男性の未婚率は33.7%にのぼるが、50年には59.7%と6割近くに達する(図参照)。

女性でも未婚率が11.9%から30.2%となり、人数でみれば未婚単身者は3倍以上になる。さらに既婚者でも、子どもがいる人の割合は低下傾向にある。

報告書も指摘しているように、現在の一人暮らし高齢者は、別居でも子どもやきょうだいなど近親者がいるケースが大部分だ。

だが今後は近親者が一人もいない高齢単身者が増える。どのように社会で対処すべきなのかが今後の社会保障の大きな課題となっている。

 

(3)「今の若い人は4人に1人が生涯未婚で、結婚した3組に1組以上が離婚する」

筆者は大学の講義で「今の80歳ぐらいの人は95%が結婚して、離婚経験者は1割程度で、再婚率も高かった。だが今の若い人は4人に1人が生涯未婚で、結婚した3組に1組以上が離婚する。結婚して離婚せずに老後を迎える人は2人に1人もいない」と話している。

 

(4)「今までは結婚したければ結婚できると思えたが、将来は8割以上が結婚を実現できない」

単に家族のあり方が多様化しただけでなく、若者のライフコースがリスク化しているということだ。リスク化とは、それが誰に起きるか、いつ起きるかが予測できなくなる事態だ。

95%が結婚した時代には、若者は結婚したければほとんどが結婚できると思えた。だが今は8割以上が結婚を希望しても、実現できない人が増えている。

つまり生涯独身者の大多数は「かつて結婚したかったが結果的にできなかった人」になる。

 

(5)「いまは結婚、離婚、再婚、どうなるか判らない時代」

結婚する時に離婚を予定する人はまずいない。離婚が少なかった50年前なら、結婚したら老後まで一緒に生活できると思ってもよかっただろう。

現在、離婚数は結婚数の4割程度まで上昇している(23年速報値では結婚数約49万組、離婚数約19万組)。さらに再婚も増え、近年は結婚の4組に1組はどちらかが再婚となっている。一度結婚しても、それが続くのか、離婚に終わるか、再婚するか、それがいつ起きるかが予測できない状況になっている。

 

(6)「現行の社会保障制度の前提は標準的ライフコースをたどる人々」

生涯未婚・離婚は若い人にとってかなりの確率で起きるリスクになっている。社会保障・社会福祉制度はこのライフコース上のリスクの高まりに対応しきれていない。現行の社会保障制度は、人々が標準的ライフコースをたどることを前提につくられているからだ。

標準的ライフコースとは「若いうちに結婚し、主に夫が仕事で家計を支え、妻が家事やケアを担い、子どもを育て、離婚せずに老後を迎える」というものだ。隠された前提として、すべての人は結婚して離婚しないことが想定されている。

 

(7)「正社員以外の不安定収入の多くの男性は、子を養う収入が得られないリスクが増えている」

実はリスク化しているのは、結婚、離婚といった家族イベントだけではない。

夫が十分な収入を得られるということもリスク化している。フリーランス、非正規雇用の男性や自営業など不安定収入の人が増え、妻子を養うのに十分な収入を得られない男性が増えている。

これが未婚化や少子化、さらには離婚の増大の原因にもなっている。

 

(8)「人々が貧困など生活困難に陥ることを防ぎ、生活困難に陥った人を救い出すのが社会保障」

社会保障の第1の目的は、人々が貧困など生活困難に陥ることを防ぎ、生活困難に陥った人を救い出すことにある。

今の日本の社会保障制度は、標準的ライフコースをとる人、つまり結婚して離婚せず、収入が安定した男性に扶養されていることを前提に構築されている。

 

(9)「厚生年金、国民年金の目的」

老後の生活リスクを例にとってみよう。高齢になって働けなくなったとき、生活できなくなるリスクに陥る。それを防ぐために年金制度が存在している。

 厚生年金

 男性正規雇用者が退職後、年金だけで妻と2人でそれなりの生活を送れる収入を確保することを想定している。夫が亡くなった後でも妻は現役時代無収入でも遺族年金で暮らすことができる。

 国民年金

 そもそも農家などの自営業者を想定した制度だ。自営業では夫婦が働けるうちは働いて収入を得られる。そして引退後は息子夫婦に家業を譲り、その見返りとして扶養されることを前提としていた。だからそれだけでは十分に生活できる額でない年金給付(1人月7万円弱)でもさほど問題にならなかった。

 

(10)「50年ぐらい前までまでは男性にも女性にもうまくいった制度だった」

50年ぐらい前まで95%の人が結婚し、男性は望めば正規雇用者になることができ、女性は望めば正規雇用者と結婚でき、自営業者は保護されて順調に息子夫婦に家業継承ができた。そうした時代だったから、この制度がうまく機能した。

 

(11)「家族や雇用においてもリスクが高まり、社会保障制度からこぼれる人が増えた」

だが家族においても雇用においてもリスクが高まっているとき、この制度からこぼれる人が増えている。

結婚して夫の厚生年金で暮らしたいと若いときに思っていても未婚や離婚でそれが期待できない女性も増えるし、結婚相手によっては厚生年金も遺族年金も存在しない。

正規雇用に就けなかったり辞めたりするケースや、離婚して年金分割するケースなど、老後に十分な厚生年金が受け取れない人も増える。

自営業も跡継ぎがいなければ、家業を譲る見返りに子どもに扶養されることはできない。引退後の生活の見通しが立たない人が増えていく。

 

(12)「若者は、老後生活のリスクを避けるため、結婚相手の選択に慎重になる」

単身高齢世帯増大の裏側には、従来の年金制度では十分に包摂されない人々の増大があるのだ。

そしてこの事態は皮肉なことに、未婚化や少子化、離婚の増大に結び付く。結婚したい理由として「老後一人でいたくない」を挙げる若者が増えている。結婚して離婚せずに子どもを育て上げて老後を迎えたいという願いをもっている。50年前の若者は、願うまでもなくそれは当たり前で、何も考える必要がなかったから、結婚していったのだ。

だが今の若者は高齢者の現状をみている。たとえ結婚しても、配偶者の収入が不安定だったり離婚されたりすれば、老後生活が厳しくなると思っている。

そうしたリスクを避けるため、結婚相手の選択に慎重になる。

 

(13)「十分な収入を得らる若者が減少し結婚できない人が増え未婚者が増え、ますます若者の不安が増す」

しかし十分な収入を得られそうな若者の数は減少している。その結果、結婚したくてもできない人が増え、未婚者が増える。すると、ますます若者の不安が増すという負のサイクルができてしまっている。

 

(●)

数年前、筆者の大学の学生が老後に備えた金融商品に投資し始めた。結婚できるかどうか分からない、仕事も続けられるかどうか分からない、公的年金に頼れるかどうかも分からない。だから自分で用意しなくてはと思ったのだという。

 

(14)「今の社会保障制度を「個人単位」に構築し直す必要がある」

老後を迎えたときに、未婚でも離婚・再婚していても、非正規雇用やフリーランス、自営業でも、子どもがいてもいなくても、人並みの生活ができるようにすべきだ。そのためには、今の年金など社会保障制度を「個人単位」に抜本的に構築し直す必要がある。

そうしなければ若者は不安の中で、ますます結婚や出産に慎重になり、少子化が深刻化するに違いない。

 

<ポイント>

○結婚や仕事の希望かなわぬリスク高まる

○日本の社会保障は従来型人生設計を前提

○家族構成や雇用形態の影響少ない年金に

やまだ・まさひろ 57年生まれ。東京大院社会学研究科博士課程退学。専門は家族社会学

 

<私見:

正社員が減り収入格差が増えたことの問題をいきなり社会保障で解決させようというのは間違い。格差が生まれるのは生産性の違いと言えるが、まずは、高賃金が得られるように努力する機会を提供するのが先決。

スウェーデンは高福祉高負担の福祉国家だったが、その当時、で「産業は福祉の糧」という考え方がきそにあった。つまり、産業がしっかりしないのに福祉を充実させることなどあり得ないというのだ。

そして、スエーデンの社会政策に「社会的市場経済」という考え方がある。斜陽産業は廃業しても良い、そこで働いていた人はもっと高賃金の成長部門に再就職できるように職業訓練や教育を受ける機会を提供し、その間の生活保障をする。これにより人々は貧困のリスクなしに転職の勇気を持てると言われる。

この面では、日経新聞の論説で労働生産性を上げるのに必要な政策を要求するのと一致する(自己責任だけなのか機会の提供なのかの違いがある)。

これには国民の側の努力も必要で、また、賃金格差があることも受け入れるが、再分配によって格差を縮小させることも賛成している。

近年は、移民や難民を受け入れたが、その結果、福祉の財政負担が増え、また、犯罪も急増してきたので、移民や難民受入に反対意見が増えた>