利上げによる円安対応は難しい 門間一夫 (みずほリサーチ&テクノロジーズエグゼクティブエコノミスト)(24年6月7日 日本経済新聞電子版)

 

要点

(3)選択肢 その1) 財政拡張政策

 財政で内需拡大し基調的な物価上昇率を2%に上げれば、日銀は2%物価目標と矛盾なく利上げができる。

(4)選択肢 その2) 2%物価目標の柔軟な運用

 景気の不透明感のために「デフレ脱却宣言」できないならば、景気拡大策として財政政策はどうか。

(5)選択肢 その3) 円安容認と分配政策の組み合わせ

 大幅な円安には「分配の非対称性」がある。再分配として円安で潤った企業に特別課税をし、それを財源に中小企業や家計に金銭支援を行うことなどだ(実務的には困難だが)。

 

記事の概要

(1)「円安の悪影響」

(2)「金融政策のジレンマを和らげる選択肢」

(3)選択肢 その1) 財政拡張政策

(4)選択肢 その2) 2%物価目標の柔軟な運用

(5)選択肢 その3) 円安容認と分配政策の組み合わせ

(6)「30年にわたる構造的な円安改善のためには産業競争力の再強化」

 

 

 

 

記事

 

(1)「円安の悪影響」

円安が不人気である。円安が常に悪いわけではないが、2年半で約40円もの円安は、以下のような悪影響をもたらした。

 1)円安の恩恵を受けた一部のグローバル企業と、円安が打撃となる内需型企業や家計との間に著しい非対称を生じさせた。

 2)原油高などと重なったため、物価上昇で家計の所得や資産が目減りし、個人消費は4四半期連続でマイナス成長となった。

 3)最後に、業績が改善した企業でも為替の大幅変動により、経営環境の不確実性が高まっている――。

 

(2)「金融政策のジレンマを和らげる選択肢」

この2年半の円安は主として日米の金融政策の違いによるものなので、日銀がもっと利上げに積極的になれば円安も多少は是正されるだろう。

しかし「2%物価目標」の実現に万全を期し、景気にも配慮せざるをえないとすると、そう簡単には利上げを進められない。

こうした金融政策のジレンマを和らげるには、いずれも容易ではないが、以下の選択肢が考えられる。

 

(3)選択肢 その1) 財政拡張政策

  財政で内需拡大し基調的な物価上昇率を2%に上げれば、日銀は2%物価目標と矛盾なく利上げができる。

  ただし、財政規律への懸念が生じればかえって円安となるリスクもあるため、政府債務への信認確保が絶対条件になる。

 

(4)選択肢 その2) 2%物価目標の柔軟な運用

  目標の実現に向けて基調的な物価上昇率を「もっと上げたい」と日銀は言うが、2%物価目標がなぜそんなに大事なのか国民には理解しにくい。

  国民はむしろ「円安がおさまり物価が安定する」ことを望んでいる。

  デフレ脱却が2%物価上昇が政府・日銀の政策の目標として導入された。

  国の経済政策として今なおデフレ脱却を目指している以上、それとの整合性を求められる日銀は、2%物価目標をそう簡単に緩められない。

  政府がデフレ脱却宣言を出さない理由が景気の不透明感ならば、景気の支えとして財政政策を使えるのかどうか。

 

(5)選択肢 その3) 円安容認と分配政策の組み合わせ

  そもそもデフレ脱却の観点からは、円安は金融緩和の「効果」であって「副作用」ではない。インバウンド観光客の増加や一部製造業の国内回帰など、実際に円安のメリットはある。

  大幅な円安には「分配の非対称性」という大きな問題がある。

ならば、分配政策によって円安の恩恵を国民に広く行き渡らせれば円安のいいとこどりができるはずだ。

  たとえば、円安で収益が膨らむ企業に特別課税をし、それを財源に中小企業や家計に金銭支援を行うことなどだ(実務的には困難だが)。

 

(6)「30年にわたる構造的な円安改善のためには産業競争力の再強化」

なお、仮にこの2年半の急速な円安がなかったとしても、貿易黒字大国から赤字国に転落し、過去30年にわたり円安傾向が続いた。構造的な円安の原因は、日本が国内生産基盤の強さを失ったのが原因。

円安を巡る最大の課題はこの点にあり、対応策は産業競争力の再強化に尽きる。