春秋(24年6月7日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)「犬笛」という言葉を、選挙やテレビ討論、ネットの「炎上」などに関連して見かけるようになった。

本来は人に聞こえず、犬には伝わる周波数の音を鳴らせる笛のことだ。例えば周囲の人には気づかれないよう、飼い犬にこっそり命令を与える時などに使えるという。

 

(2)▼これが転じて政治家や評論家らが支持者を操る手段を指すようになった。

「誰それは嫌い」「この集団は有害」。そう指摘か暗示をするとファンらが影響され、ネットで集中攻撃を仕掛けたり実際に襲撃したりする、という具合だ。火元の人間は「指示などしていない」と言い張れる。学校のいじめにも犬笛型がみられる。

 

(3)▼扇動の意図はないのに犬笛になってしまうこともあるのがネット空間の怖さか。

漫画「セクシー田中さん」のドラマ化を巡るトラブルで出版社が調査結果を公表した。放送終了日に脚本家が、後に原作者が経緯を投稿。原作者に同情が集まり「脚本家へ非難が集中した」と報告書は記す。原作者は失踪し遺体で見つかった。

 

(4)▼「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい」。

作者最後の投稿に胸がふさがる思いがする。悪意の犬笛に踊らされず、善意の投稿を犬笛にしない冷静さが読み手に要る。不安や不満が多く、強い指導者や攻撃できる標的を探す人が踊らされやすいとの説がある。猛々(たけだけ)しい言葉が飛び交う選挙の季節は、特に心したい。