ウイグル、巧妙化する強制労働(24年6月4日 日本経済新聞電子版 The Economist)

 

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写真 中国・新疆ウイグル自治区では強制労働で綿が栽培されているとの批判が根強く、世界各国の企業は対応に苦慮している(21年4月)=AP

 

(1)中国北西部、新疆ウイグル自治区のタクラマカン砂漠南西端に位置する古代シルクロードの都市ヤルカンド近郊のある村では「工作隊」が忙しく活動している。「作業チーム」を意味するこの言葉は、新疆ではイスラム系住民の生活や考えを改めるため貧しい農村へ派遣される役人たちを指す。

コナバザールと呼ばれるこの村では、工作隊が「思想動員」を図っている。目的は、渋る農民を説得し違う形態の仕事に就かせることだ。

 

(2)工作隊は国旗掲揚式で村人に講義したり、夜間学校で授業をしたりする。その活動をウイグル族の農民がどう受けとめたのかをジャーナリストが知るのは不可能に近い。

中国がウイグル族を中心に100万人以上を「職業教育訓練センター」(事実上の強制収容所)に送り始めた2017年初頭以降、新疆での弾圧の犠牲者から直接話を聞くのはますます難しくなっている。

 

(3)中国政府はテロや分離主義、宗教過激主義を根絶するとの名目で自らの行為を正当化している。欧米の学者らは大半の収容所が20年前後に閉鎖されたと考えている。だがコナバザールに関する報告書などの公式資料から、同じ目的で強制労働が今も広く行われている実態がうかがえるという。

欧米諸国はこれに警戒感を強めている。バイデン米大統領は21年、ウイグル強制労働防止法に署名した。同法は新疆産の物品を強制労働でつくられたとみなすもので、そうでないと証明できない限り米国への輸入を禁じる。

 

(4)欧州連合(EU)の立法機関である欧州議会は4月、強制労働で生産された製品の輸入阻止を目的とした規則を承認した(施行は27年の見込み)。規則策定に弾みをつけたのは新疆の状況だ。

新疆からのEUの輸入額は24年1~4月に6億4100万ドル(約1000億円)に達し、収容所に多くの人々が送り込まれる前の16年の同期間と比べて721%増加した。

こうした新疆関連の貿易に対する法的な壁は多くの企業にとって頭痛の種だ。

 

(5)(英ノッティンガム大学のジェームズ・コケイン教授と研究チーム)

22年、「新疆制裁(強制労働に対する経済制裁)を機能させる」と題する報告書を作成した。

その中で、太陽光パネルの主要原料である新疆産のポリシリコンは、世界の太陽光発電量上位30カ国の送電網に供給される太陽光電力の約95%を占めると推計している。

また、新疆はトマト加工品の世界取引量の約18%を生産し、世界の衣料品生産の5分の1に新疆綿が使用されているという。

サプライチェーン(供給網)からの強制労働排除を目指す企業にとって、新疆でこうした虐待が起きる仕組みの複雑さが対応を一段と難しくしている。

 

(6)「強制労働にさまざまな形態がある」

企業は強制労働にさまざまな形態があることを認識しておかねばならない。

その一つが再教育施設に収容された労働者だ。米ワシントンの非政府組織(NGO)「共産主義犠牲者記念財団」のエイドリアン・ゼンツ氏によると、その数は数十万人にのぼる可能性がある。彼らの一部は収容所周辺に設けられた工場で、外部との接触が制限され、辞める自由もないまま、今も働いている可能性がある。

刑務所がかかわる形態も考えられる。収容所に入れられた人の多くは裁判を待つ間に正式に拘束された。海外に住むウイグル族のヤルクン・ウルヨルさんは、父親がそうして拘束された経緯を明かす。父は22年に刑期16年の実刑判決を受けた。ウイグル族の権利を研究するウルヨルさんは、自分の近親者であるというだけで父が処罰されたとみている。他の親族にも長い刑期が言い渡されたという。

 

(7)「けんかを売って騒ぎを起こした」などの罪で収容所送り

米AP通信は22年、テロや宗教過激主義、あるいは反体制派を投獄する口実としてよく使われる「けんかを売って騒ぎを起こした」などの罪で実刑判決を受けた1万人以上のリストを入手した。彼らは全員、ヤルカンドからそう遠くない新疆南部のコナシェヘル県出身だった。

 

(8)「労働移転により農民を工場就労者に変えてしまう」

過去に再教育施設に収容されていたかは明らかにされていない(ほとんどが17年に逮捕された)。それでも、国家の敵とされる人々への対抗措置として新疆で行われた投獄の規模はうかがい知ることができる。APの推計によると、コナシェヘルでの投獄率は13年(全国データが入手可能な直近の年)時点で中国全体の30倍だった。

中国の刑務所では労働が生活の一部になっており、世界のサプライチェーンに入り込む製品にかかわる場合もある。

米政府は、新疆の収監者が農業や鉱業をはじめさまざまな形で労働を強いられている証拠があると主張している。ノッティンガム大の研究チームによれば、ポリシリコン生産に関連する工場のいくつかは刑務所に隣接しており、つながりを示唆している可能性がある。

ただ、新疆における強制労働の大部分は、明らかな強制の兆候がみられないかもしれない。

人々は国から割り当てられた仕事をやめれば大変なことになる、という暗黙のメッセージによって仕事を続けさせられている。コナバザールではまさにこれが行われている。「労働移転による貧困緩和」と称されることも多い。

表面上は、1970年代後半の改革開放以降に中国全土で起きている現象、つまり貧しい農村部から都市部への労働者の移動とよく似ている。

 

(9)「労働移転による貧困緩和」

中国の他の地域でこれが強制労働の様相を帯びることはめったにない(チベット自治区は例外かもしれないが、同区にこの用語を使うことの是非を巡っては専門家の間で意見が分かれる)。だが新疆では違う。

近年、政府が労働移転による貧困緩和を利用して、新疆の人口2600万人の約45%を占めるウイグル族を中心とした農村のイスラム社会への政治支配を強化していることが明らかになっている。一部のウイグル族は恐怖心から労働移転に参加している可能性が高い。

すでに大半が廃止されたとみられる再教育施設、政府を批判したとされる多数の逮捕者、そしてイスラム教徒やウイグル族への表現統制が恐怖を生み出したためだ。

 

(10)ゼンツ氏はこれを「国家が課す非収容型の強制労働形態」と呼ぶ。国連専門機関の国際労働機関(ILO)は2月、強制労働慣行に関するハンドブックの最新版でこの用語を採用した。ILOは新疆を名指ししていないが、現地の労働移転によく似た仕組みに言及している。

 

(11)新疆での試みは近年拡大しているようだ。

収容所が開設された17年の移転数は275万件だった(農村住民は村外で年に複数の仕事に就く場合がある)。22年には300万件を超えた。23年の政府目標は17年並みだったが、公式統計によると320万件に達した。移転者は村に近い工場で働く場合もあれば、他の省など遠隔地に送られる場合もある(移転先で厳しい監視下に置かれることが多い)。

綿花の収穫など季節労働に従事する場合もある。土地を取り上げれば住民を働く気にさせられる。当局は工業地帯などの開発や大規模農業の用地として土地を接収することがよくある。コナバザールは小さな農地を統合・拡張する計画を推進している。通常は土地使用権と引き換えに使用料を支払う仕組みだ。

20年に政府が認めた書籍「新疆南部における貧困緩和の物語」には、同自治区の別の村で活動する工作隊の目的が記されている。一つは労働移転も活用して村の所得を増やすこと、もう一つは「怠慢」がはびこる地域社会から「宗教過激主義」を排除することだった。

工作隊の隊長が特に怠慢な村人に対峙した様子が物語に描かれている。

「働きたくないんだな? わかった。肥料はやらないし、家も建ててやらない」と隊長は言い放つ。「年の瀬に誰もが貧困を脱して良い暮らしをしているころ、ぼろ家に閉じこもって惨めな生活を送ればいい」。最終的には村人に働くよう説得するのに成功した。必ずと言っていいほど説得は成功している。

(6月1日号)