春秋(24年6月4日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)少女漫画誌「花とゆめ」が、このほど創刊50周年を迎えた。

東京・六本木で始まった記念展覧会に足を運んだ。200点に及ぶ美麗な原画に、過去のふろくを集めたコーナー。充実した展示をながめつつ改めて驚いたのが、送り出してきた作品の幅とその先見性である。

 

(2)▼母を失った幼い主人公が弟の面倒を見る「赤ちゃんと僕」は、今ならヤングケアラーの物語と紹介されるだろう。

「動物のお医者さん」はコメディータッチの中に人と動物の関係を見つめた。さらに「パタリロ!」である。連載開始は半世紀近くも前だ。だが性的マイノリティーの要素をさらりと盛る手法は先駆的だった。

 

(3)▼パタリロ作者の魔夜峰央さんは、作中の男性同士の恋人の設定を「たまたま好きになった相手が男だったという感じ」とエッセーにつづっている。

視線は自然でフラットなのだ。漫画家の自由な発想と、支える読者の応援があって成り立ってきたように思います――。展覧会場には、編集部の感謝の言葉が掲げられていた。

 

(4)▼「漫画は、自分にふりかかるいやなことのショックを弱めるはたらきをする」と、哲学者の鶴見俊輔は説いた。

思うに任せぬ現実の痛みや矛盾に漫画がまず光を当て、のちに社会の方が追いついてくる。そんな循環を、たくまずして漫画は生み出してきたのだろう。次はどんな作品が私たちを驚かせるか。期待は尽きない。