米金利高止まりは「新常態」 崩れる米国債需給 警戒(24年6月3日 日本経済新聞電子版)

 

記事の概要

(1)世界の基準金利といえる米長期金利(10年物国債利回り)が4.5%前後で高止まりしている。高金利の持続という「ニューノーマル(新常態)」への適応力が試される。

(2)「中国の米国債保有額がこの3年間で急減」

(3)「中国は米国による「ドル資産凍結」制裁への警戒感でドルを手放す」

(4)「英国の保有は現物と先物の価格差狙い」

(5)「日本は銀行、生命保険会社、農林中金ともに米国債への意欲が弱い」

(6)「米国内の保有では、FRBの利下げ後の(債券価格上昇による)リターン向上を期待」

(7)「米国金利は長期的に高止まりする説もある」

(8)「バイデンの財政支出増とトランプの減税、ともに財政赤字拡大要因」

(9)「政策金利が従来の想定ほど引き締め効果を生まない原因は中立金利の上昇という説」

(10)「中立金利が高い水準の場合、平時の政策金利が高くなり中長期の国債利回りも高くなる」

(11)「1990年代後半や2000年代半ばのように今より高金利でも景気が拡大していた経験もある」

(12)「安全資産の米国債の利回りが高ければ、価格変動リスクのある分、株の保有は不利」

(13)「数十年に及ぶ歴史的な低下局面のあとの高い金利水準への適応にはタイムラグがありそう」

 

記事(ニューヨーク=斉藤雄太)

 

(1)世界の基準金利といえる米長期金利(10年物国債利回り)が4.5%前後で高止まりしている。

米国と対立する中国は国別の米国債保有で3位後退が近づき、買い手の意欲はしぼむ。米財政の悪化も進み、国債需給が崩れる懸念が拭えない。

高金利の持続という「ニューノーマル(新常態)」への適応力が試される。

 

 

(2)「中国の米国債保有額がこの3年間で急減」

米国債のおよそ3割を保有する海外投資家の需要に異変が生じている。

(米財務省)

3月末の中国の米国債保有額は7674億ドル(約120兆円)と約15年ぶりの低水準。

21年に1兆ドルの大台を割ってから急速な減少が続き、国別保有で3位の英国(7281億ドル)に接近している。現在のペースだと2024年中に英中が逆転する見通しだ。

 

(3)「中国は米国による「ドル資産凍結」制裁への警戒感でドルを手放す」

中国は外貨準備で抱えるドル建て資産の大半を米国債で持つとみられる。

(米運用大手PGIMフィクスト・インカムのロバート・ティップ氏)

米中対立や米国がロシアに実施したドル資産凍結といった制裁への警戒から「外貨準備の一部を他の市場に振り向けているようだ」と話す。

 

(4)「英国の保有は現物と先物の価格差狙い」

英国はヘッジファンドが集積し、米国債の現物と先物の価格差を狙った裁定取引が活発なことが保有増の一因という。安定的な投資家といえるかは微妙だ。

 

 

 

(5)「日本は銀行、生命保険会社、農林中金ともに米国債への意欲が弱い」

米国債の最大保有国の日本勢はどうか。「総じて需要は強くない」。在ニューヨークの邦銀の市場部門担当者は語る。

 1)銀行

  償還期限の長い国債の利回りが短い国債を下回る「逆イールド」の定着で、短期市場でドルを調達して長めの国債を買う運用は難しい状態が続く。

 2)生命保険会社

  日本の長期金利が一時1.1%と13年ぶりの高水準を付けるなど、金利面で投資妙味が増すなかで運用先の国内回帰の動きが出ている。

 3)農林中央金庫「金利上昇で含み損が膨らんだ外国債券を処理」

  海外投資に積極的だった農林中央金庫が金利上昇で含み損を抱えた外国債券の処理を迫られたことも影を落とす。「ここ1~2週間の米金利上昇は低調な国債入札に加え、農中が米国債の持ち高を落としたとの観測も影響している」(邦銀)

 

(6)「米国内の保有では、FRBの利下げ後の(債券価格上昇による)リターン向上を期待」

海外勢の米国債需要が細れば、国内投資家が買い支える必要性が高まる。

市場に米連邦準備理事会(FRB)による年内利下げの観測があるなか、(運用会社RBCグローバル・アセット・マネジメントのアンドレイ・スキバ氏)

 「多くの米機関投資家は魅力的な利回りとFRBの利下げ後の(債券価格上昇による)リターン向上を期待している」と話す。

 

(7)「米国金利は長期的に高止まりする説もある」

だが米国勢も債券相場に強気の見方ばかりではない。「金利は長期的に高止まりすると想定すべきだ」。

(米運用大手フランクリン・リソーシズのジェニー・ジョンソン最高経営責任者(CEO))

 5月、米投資信託協会(ICI)主催のイベントで訴えた。公的債務の急増を受け、投信の運用会社などが国債を買うハードルは上がったとみる。

(米証券業金融市場協会(SIFMA))

 1)米国債の発行残高は4月時点で26.9兆ドル。

 2)コロナ対応の有事の財政支出

   新型コロナウイルス禍前の19年末から10兆ドル以上(6割)増えた。

 3)バイデン政権は平時にもインフラ投資法やインフレ抑制法などの施策を打ち出し、財政赤字を膨らませた。

 

(8)「バイデンの財政支出増とトランプの減税、ともに財政赤字拡大要因」

1)11月の米大統領選後も国債頼みの財政運営が続く公算が大きい。民主党のバイデン大統領が再選すれば、積極財政を伴う経済政策「バイデノミクス」を継続しそうだ。

2)共和党のトランプ前大統領は、任期中に導入し25年末に期限を迎える「トランプ減税」の延長と追加減税を主張。

3)米議会予算局(CBO)は単純な延長で今後10年の財政赤字が4.6兆ドル近く拡大すると試算する。

 

(9)「政策金利が従来の想定ほど引き締め効果を生まない原因は中立金利の上昇という説」

「中立金利」

 FRB内では米景気を熱しも冷ましもしない「中立金利」が切り上がり、インフレ対応で5.25~5.50%まで引き上げてきた政策金利が従来の想定ほど引き締め効果を生んでいないのでは、との議論も再燃している。

 

(10)「中立金利が高い水準の場合、平時の政策金利が高くなり中長期の国債利回りも高くなる」

こうした見方に否定的だったウォラー理事は5月24日、「米国が持続不可能な財政の道を歩み続けて米国債の供給増が需要を上回り始めれば、中立金利に上昇圧力がかかる」との考えを示した。

中立金利上昇の見方が強まれば平時の政策金利をより高く保つことにつながり、中長期の国債利回りも押し上げられる。

 

(11)「1990年代後半や2000年代半ばのように今より高金利でも景気が拡大していた経験もある」

歴史を振り返れば、高金利環境が必ずしも景気悪化や株安を招くとは限らない。1990年代後半や2000年代半ばは、現在より長期金利や物価変動を除く実質金利の水準が高かったが、景気拡大や株高が続いた。

 

(12)「安全資産の米国債の利回りが高ければ、価格変動リスクのある分、株の保有は不利」

ただ足元では長期金利との見合いで株式投資の割高感も強まっている。

「イールドスプレッド」

企業の1株当たり利益を株価で割った益回り(予想利益ベース)から長期金利を差し引いたイールドスプレッドを、米S&P500種株価指数と米長期金利の関係でみると現在は0.3%程度と22年ぶりの低水準だ。

それだけ「安全資産」とされる米国債の利回りが高くなり、価格変動リスクのある米株式の期待リターンが相対的に低くなっており、株式相場の上値を重くしている。

 

(13)「数十年に及ぶ歴史的な低下局面のあとの高い金利水準への適応にはタイムラグがありそう」

コロナ禍前の米金利は数十年に及ぶ歴史的な低下局面にあった。

ここ数年の急上昇を経て、4~5%程度の金利水準が続く新常態になったのだとしたら、企業や投資家がそれを受け入れ慣れるには時間がかかりそうだ。

(ニューヨーク=斉藤雄太)