京都脅かすインバウンド 八坂神社で鈴振り回す/芸舞妓を無断撮影(24年6月2日 日本経済新聞電子版)

 

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写真 観光客らの進入禁止を知らせる看板が設置された京都・祇園の私道(京都市東山区)

 

(1)京都・祇園がインバウンド(訪日外国人)によるマナー違反に脅かされている。

舞妓(まいこ)目当てで大挙する小道は通行禁止を余儀なくされ、八坂神社の鈴の緒は振り回されるのを防ぐため夜は柱に結びつける事態に。増える観光客と生活・文化環境の調和をどう図るか。オーバーツーリズムに直面する古都の現場を追った。

 

(2)「八坂神社はかねて鈴の緒を振り回す外国人観光客に困っていた」

平安時代の建築様式を受け継ぎ、本殿が国宝指定されている八坂神社。5月下旬の夕方、神職らが鈴の緒3本を柱にくくりつけた。参拝客は翌朝まで鈴を鳴らせない。

八坂神社はかねて鈴の緒を乱暴に振り回す外国人観光客らに頭を悩ませていた。

鈴の緒を巡る参拝客同士のトラブルも確認され、夜間は固定する対応を同月25日に決定。担当者は「静穏な環境と文化財を守るためやむを得ない」と漏らす。

 

写真 午後5時以降は鈴を鳴らせないよう、鈴の緒を柱にくくりつけた八坂神社(5月29日、京都市東山区)

 

(3)「舞妓パパラッチ、着物の袖を引っ張って破く、住居までつけ回す」

八坂神社の門前町として開けた祇園地区の住民も苦悩する。

目抜き通りにつながる私道「小袖小路」。石畳に京町家が連なり、芸妓(げいこ)や舞妓が行き来する幅1メートルほどの小道にインバウンドが殺到したためだ。

取り囲み無断でフラッシュを浴びせる〝舞妓パパラッチ〟に加え、着物の袖を引っ張って破く、住居までつけ回すといった被害も確認された。

狭い道にツアー客が集まり、舞妓らが玄関から出られない時間帯もあった。

料理を運ぶ業者も足止めを強いられ、お茶屋に勤める女性は「暮らしの支障になっている」と嘆く。

地元では2015年に「食べ歩き」「自撮り」の注意、19年には一部私道での撮影禁止を訴える看板を立てたが歯止めはかかっていない。

 

(4)「罰金も効果ない」<声「罰金はムリ、目玉が飛び出る手数料の方が無難」

「我慢の限界だ」。

住民らでつくる協議会は苦渋の選択として、観光客らが私道に立ち入ること自体を禁止すると決定。

無断通行の場合は1万円を徴収するとし、第1弾として同月29日、小袖小路に看板を立てた。

土地の所有権に詳しい小澤英明弁護士は「しわ寄せが及ぶ住民が一定のルールを設けるのは妥当だろう」とみる。

「無断通行で営業が妨害された場合には損害賠償請求できるケースもあり得る」と話す。

協議会の太田磯一幹事(61)は「罰金」について「徴収が目的ではなく理解の広がりを期待したい」と語る。しかし看板設置直後にも小路に入ろうとする外国人がおり、慌てて制した。「改善されなければ次の一手を考えなければならない」

 

(5)「インバウンドは右肩上がり<「そりゃ、よかったよかった」

新型コロナウイルスの感染収束や円安を背景にインバウンドは右肩上がりだ。24年1~4月の累計は1160万人(推計値)に上り、過去最高の19年を上回る。

政府は30年に外国人旅行者を19年の倍近い年間6000万人にする目標を掲げる。

 

 

 

(6)位置情報分析サービスのクロスロケーションズ(東京・渋谷)によると、祇園地区の「花見小路」周辺を4月に訪れたインバウンド数は前年同月比の約1.9倍に増えた。

 

(7)オーバーツーリズム問題を抱えるのは京都市だけではない。

山梨県富士河口湖町では店舗の屋根越しに富士山を撮影できるスポットに観光客らが殺到。

人気アニメで描かれた神奈川県鎌倉市も交通網の混雑により市民生活に悪影響が出ている。

 

(8)観光消費が地元経済へもたらす恩恵は大きく、暮らしや文化財保護との両立をどう図るかが喫緊の課題だ。

仏教大学の若林靖永教授(観光経営学)は「適切に受け入れられる人流の規模を地域ごとに見定めることが第一歩になる」と指摘する。

 

(9)「海外の観光都市は流入自体の抑制に動き出した」

イタリア・ベネチアは4月、日帰り客から入場料5ユーロ(約850円)を徴収する取り組みを試験的に始めた。スペインのサグラダ・ファミリアなど事前予約制を導入する著名施設も増えている。

 

(10)

祇園地区で協議会が新設した看板にはQRコードがあり、スマートフォンで読み込むと地域が守ってきた伝統やマナー順守を訴える住民らの動画などが流れる。「切実な状況を少しでも分かってほしい」(太田幹事)との思いから発案された。

 

(11)専門家の多くはオーバーツーリズムへの特効薬はないという見方を示す。

伝統文化が息づく市街地を自由に巡れる点は古都が持つ魅力の一つだ。

若林教授は「立ち入り制限の拡大も検討課題だが、住民の思いを伝え理解を広げていく地道な取り組みの積み重ねが重要だ」と指摘した。

(浅野ジーノ)