「福祉より国防」欧州の転換3 「先行投資に踏み切れない」(24年5月30日 日本経済新聞電子版)

 

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写真 ラインメタルのパッパーガーCEOらを乗せた同社の装甲車=AP

 

(1)「ドイツは民主主義を守ることに消極的すぎた」。独防衛大手ラインメタル最高経営責任者(CEO)アルミン・パッパーガーは積極投資にかじを切る。

ウクライナで兵器の修理工場、砲弾製造の合弁工場を新設。スペイン防衛大手も買収した。

(ドイツ)

 2024年、北大西洋条約機構(NATO)が求める「国内総生産(GDP)比2%」に相当する717億ユーロ(約12兆円)の防衛予算を計上した。

 

(2)GDP比2%に達するのは1992年以来、32年ぶり。その恩恵に浴するのが、主力戦車「レオパルト2」と砲弾を製造するラインメタルだ。

 ロシアのウクライナ侵略前、ラインメタルの砲弾製造能力は年7万発にすぎなかったが、24年末には6倍超の年45万発に達する見通しだ。1社だけで米国全体の製造能力(年43万発)を上回る規模になる。

 

(3)紛争地への武器供与を自粛してきたドイツは、世論に押される格好で22年4月にウクライナへの重火器供与を決めた。国防相のピストリウス(64)は「ドイツ軍を『戦争準備完了』の状態にする」と基本理念の変更を示唆した。

 

(4)防衛戦略の急旋回はきしみも生む。

「確実な将来計画を立てられず、中堅サプライヤーは長期的かつ資本集約的なプロジェクトへの先行投資に踏み切れない」。独防衛中堅ヴィンコリオンのCEOステファン・ステンツェルは困惑を隠さない。

 

(5)「大型輸送用ヘリコプターを受注したのは米企業ばかり」

独政府は24年の防衛予算を増やすため1000億ユーロの特別基金を用意した。大型輸送用ヘリコプターなどを発注したものの、受注したのは米企業ばかり。独中堅は恩恵を受けられない。

 

(6)「財政赤字をGDPの0.35%未満に抑える「債務ブレーキ」」

将来的な予算確保は財政上のタブーに触れる可能性がある。

憲法に相当するドイツの基本法は、財政赤字をGDPの0.35%未満に抑える「債務ブレーキ」を定める。

政府は新型コロナウイルス禍で4年続けて債務ブレーキを停止したが24年から元に戻した。

基金は28年に期限が切れる。それ以降は債務ブレーキを恒久的に解除する必要が出てくる。

2月の世論調査では債務ブレーキ解除への反対意見は53%で、賛成の41%を上回った。

第1次世界大戦後の通貨の大量発行がハイパーインフレを招きナチス台頭を許した歴史から、債務ブレーキが持つ意味は大きい。軍事費増強と財政ルールの両立という難題の解を探し出すのは容易ではない。

(敬称略)