迫真 「福祉より国防」欧州の転換1 「我々はナイーブだった」(24年5月28日 日本経済新聞電子版)

写真 デンマークのフレデリクセン首相は防衛費増のため福祉への支出や減税を抑制すべきだと訴える=ロイター

 

 

記事

 

(1)デンマーク

「国内総生産(GDP)比2%を防衛費に充てる北大西洋条約機構(NATO)の目標に法的拘束力を持たせる」

「オランダのトランプ」と呼ばれる極右・自由党の党首ウィルダース(60)が16日に発表した連立内閣の政策合意は、ロシアのウクライナ侵略による世論の変容を印象づけた。

 

(2)ポピュリズム

ポピュリズム(大衆迎合主義)は政策に民意の趨勢を反映する。

NATOの目標達成を優先する一方、失業手当など約140億ユーロ(約2兆3000億円)の歳出削減に踏み切る。

極右が政権に参画しても、ウクライナへの積極支援は継続する。

 

(3)ベルギー

NATOの防衛費増額目標を達成するために、社会保障関係費を削減するのは「理にかなっている」――。

2月25日、ベルギー首相のデクロー(48)は地元テレビ番組で明言した。

首都ブリュッセルにNATO本部を抱えるベルギーの防衛費はGDP比1.2%(2023年予測)。32の加盟国では1%のルクセンブルクに次ぐ最下位クラスだ。

そんなベルギーの世論も変化している。

デクローは「欧州は3世代にわたって平和に共存してきた。次世代にもそうあってほしい」と述べ、防衛費増に理解を求めた。

野党は医療費削減に反発しつつも、安全保障に関する議論は必要だと認める意見が出た。

同国高官は「平和のための支出をどう賄うかの議論は避けて通れない。政治家は勇気をもって国民に問うべきだ」と語る。

 

(4)

国際通貨基金(IMF)によると、世界の防衛費は冷戦期(1970~90年)のGDP比3.6%から、世界金融危機後(10~19年)の1.9%までほぼ半減した。医療や教育、インフラにお金を回す余地ができた。

冷戦終結に伴う緊張緩和による「平和の配当」を享受できる時代が終わりを迎えたとの新常識が生まれつつある。

 

(5)「我々は再び現実の戦争に突入した。歴史的に重大な局面にいる」

2022年2月、欧州連合(EU)外交安全保障上級代表ボレル(77)はスペインでこう演説した。

ストックホルム国際平和研究所によると、23年の世界の軍事費は前年比6.8%増の2兆4430億ドル(約378兆円)で過去最高だった。4分の1を占める欧州は16%増えた。

ロシアのウクライナ侵略を受け、伸びが拡大した。ドイツが9.0%増、英国は7.9%増、フランスも6.5%増だ。

 

(6)デンマーク

防衛費2%目標を達成したデンマーク。

首相のフレデリクセンは2月、英フィナンシャル・タイムズのインタビューで「私たちはあまりにもナイーブで、西側は豊かになることに集中しすぎた」と語った。

さらなる増額のために福祉への支出や減税を抑制すべきだと主張。

「国民と議論するときが来た。私たちは過去30年間、自由の代償を払ってこなかった」と訴えた。

デンマークでは23年、祝日を削減する法律が成立した。勤務時間の増加で税収を伸ばし、防衛費を増やす狙いだという。

 

(7)「防衛産業への投資が40万人の新規雇用を創出する」

防衛費増を単なる「痛み」とせず、産業振興や雇用の創出につなげる議論が出てきた。

1)デクローも防衛産業への投資が40万人の新規雇用を創出すると強調した。

2)気候変動対策と産業政策を組み合わせた「EUグリーンディール」を推進した欧州委員長フォンデアライエン(65)も、最近は防衛産業を前面に打ち出す。

防衛費増額は欧州で「良い雇用」を生むと主張し、デクローらと足並みをそろえる。

 

(8)「防衛産業向けの融資基準を見直す」

EU首脳らの圧力を受け、欧州投資銀行(EIB)は5月、防衛産業向けの融資基準を改め、お金を貸しやすくする方針を決めた。

これまで軍事関連への支援に否定的な意見が多かったESG(環境・社会・企業統治)分野にも、新たな投資対象として検討すべきだとの投資家が増える。

「防衛産業へのファイナンスは再び正当なものになった」。

3月、欧州エアバスの最高経営責任者(CEO)、ギヨム・フォーリは仏紙ルモンドにこう語った。「金融機関はこれまでの防衛への消極的な姿勢を見直している」と明言した。

 

(9)

長期化するロシアのウクライナ侵略によって、欧州には「戦争前夜」(ポーランド首相のトゥスク)の緊張感が漂う。安全保障を巡る新潮流に迫った。

(敬称略)