Deep Insight ひよわな花に戻らぬよう(本社コメンテーター)小竹洋之(24年5月25日 日本経済新聞電子版)

 

記事の概要

(1)バブル崩壊後の「失われた30年」の出口には、緩やかなスタグフレーション(景気停滞とインフレの共存)が待っていた。そう言いたくもなる日本経済の姿である。

(2)「成長率」

(3)「実質個人消費」

(4)「景気回復と物価安定の両立に資する財政・金融政策の組み合わせ」

(5)「経済政策の役割は国内の成長期待を高め、需要が強い状態を維持すること」

(6)「ひよわな花」

(7)「潜在成長率を引き上げる」

(8)「産業や労働の新陳代謝を促す努力」

(9)「ゾンビ企業を救済する日本の政策運営や銀行融資」(英金融ジャーナリスト)

 

記事

 

(1)バブル崩壊後の「失われた30年」の出口には、緩やかなスタグフレーション(景気停滞とインフレの共存)が待っていた。そう言いたくもなる日本経済の姿である。

 

(2)「成長率」

日経平均株価は34年ぶりに最高値を更新した。2024年の春季労使交渉(春闘)では、大企業が33年ぶりの大幅な賃上げに踏み切った。長期低迷を脱する兆しはみられるのに、肝心の成長率がついて来ない。23年7~9月期以降の3四半期は、実質でマイナス、ゼロ、マイナスに沈んだ。

24年1~3月期のマイナス成長は、ダイハツ工業の認証不正に伴う自動車の生産停止の影響が大きい。4~6月期には実質で前期比年率2~4%のプラス成長に持ち直すとの予測が多く、先行きを悲観し過ぎるのは禁物だ。

 

(3)「実質個人消費」

しかし家計所得の増加が物価の上昇に追いつかず、実質個人消費が4四半期連続で減っているのは気になる。

(ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査部長)

「新型コロナウイルス禍で積み上がった過剰貯蓄をほぼ使い切り、所得が増えないと消費が伸びない当たり前の形になった」と語る。

(みずほリサーチ&テクノロジーズの試算)

2人以上の世帯が物価の上昇で24年度に強いられる負担増は平均10万6千円で、22~23年度並みの水準が続く。賃上げの効果で24年10~12月期には実質所得が増加に転じるとみるが、想定以上の円安や原油高で目減りする懸念は拭えない。

 

(4)「景気回復と物価安定の両立に資する財政・金融政策の組み合わせ」

(上智大学の中里透准教授)

「もはやバブル後ではないという見方と、偽りの夜明けに終わりかねないという見方がせめぎ合う難しい局面だ」。今後の経済運営に細心の注意を払うよう求める。

岸田文雄首相と植田和男日銀総裁にいま何を望むべきか。景気回復と物価安定の両立に資する財政・金融政策の組み合わせを探ることであって、むやみにアクセルをふかすことではあるまい。

コロナ禍やウクライナ戦争への対応を迫られた末に、米欧などはインフレと高金利の時代に行き着いた。

その波は日本にも及び「デフレなき世界」や「金利ある世界」に踏み出したところだ。

日銀はマイナス金利政策の解除や長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の撤廃に続き、金融緩和のさらなる修正のタイミングを慎重にうかがう。円安や原油高などがもたらす物価の上昇を警戒するのは当然である。

これを反映して長期金利が1%を超え、12年ぶりの高水準を記録する場面もあった。ならば政府・与党は財政出動の規律をより重視し、「賢い支出」に徹しながら景気を下支えすべきだろう。

 

 

 

 

 

 

(5)「経済政策の役割は国内の成長期待を高め、需要が強い状態を維持すること」

(みずほリサーチの門間一夫エグゼクティブエコノミスト(元日銀理事))

「最大の問題は潜在成長率の低下にある。足元では0.5%を切っているかもしれない。経済政策の役割は国内の成長期待を高め、需要が強い状態を維持することだ。そうすれば生産性を引き上げる民間の創意工夫がおのずと出てくる」。

バラマキではなく、脱炭素や経済安全保障のような重要課題に応える財政政策で、民間の投資を促す環境を整える。そこから生じるインフレ圧力を金融政策で封じ、バブルの膨張を金融監督・規制で抑える――。

大胆な財政出動と金融緩和で「高圧経済」を演出する政策の功罪を直視し、均衡のとれた戦略を描けないかという。

 

(6)「ひよわな花」

米カーター政権で大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたズビグニュー・ブレジンスキー氏は1972年の著書で、60年代に驚異的な高度成長を遂げた日本の脆弱さをこう表現し、変革能力の欠如や同族的な閉鎖性に警鐘を鳴らした。

その弱点を露呈し、バブル崩壊後の苦境に甘んじてきた日本の伝統的企業にも、覚醒の兆候はみられる。

地政学リスクへの対応や産業競争力の強化を目的とする国内投資の拡大、株式市場の評価を意識した経営・資本効率の向上、人手不足の時代に即した労働条件の改善……。こうした民間の挑戦を後押しする土台作りこそが、経済政策の王道ではないのか。

 

(7)「潜在成長率を引き上げる」

グリーン化やデジタル化の加速、重要物資の供給網再編、起業の促進、人的投資の拡充をはじめ、岸田首相が打ち出してきた成長戦略の方向自体は正しい。

「潜在成長率を引き上げるための地道な努力を、根気よく続けるしかない。即効性のある薬が存在するかのような幻想に惑わされ、道を間違えないことが大事だ」と一橋大学の陣内了教授は指摘する。

 

(8)「産業や労働の新陳代謝を促す努力」

日本経済が意に反して停滞色を強めるようなら、金融緩和の修正を遅らせ、真の弱者への分配に重点を置く追加的な財政出動を検討すればいい。

防衛費や少子化対策などの財源を賄う一定の負担増は避けられなくても、失われた30年との決別を最優先し、その規模や時期を調整する余地はある。

だが安易な減税・給付や異例の低金利に頼りきり、産業や労働の新陳代謝を促す努力を怠ったままでは、日本経済の本格的な底上げは望めない。

 

(9)「ゾンビ企業を救済する日本の政策運営や銀行融資」(英金融ジャーナリスト)

英金融ジャーナリストのエドワード・チャンセラー氏は近著「金利(邦訳)」の中で、ゾンビ企業を救済する日本の政策運営や銀行融資が「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則を発動させたと皮肉った。

来たるべき衆院総選挙に向け、大盤振る舞いの財政出動と金融緩和の維持を求める与野党の声は強まるだろう。それは日本をひよわな花に戻す結果にならないか。