春秋(24年5月25日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」。

世阿弥「風姿花伝」の一節は誤解を招きやすい名言だ。きれいなものは見せるな、という意味ではなく秘め事の存在それ自体を隠せと説いたのだ。その言を守るなら、美しい風景も存在を知られてはいけないことになる。

 

(2)▼外の人々には注目されないまま、住む人だけがすてきな風景や食を味わう。

そんな桃源郷を放っておいてくれないのが現代だ。山梨県でコンビニ越しの富士山というユニークな風景がネットを通じて人気を呼び、海外観光客が集まりすぎて道路の横断や私有地への立ち入りといった問題が発生。黒い幕で隠す事態に至った。

 

(3)▼名所ではない場所が素人写真でいきなり「観光地」になる例が続く。

有料の休憩所でも作ってもうけたらとの声も聞くが、無料だから集まる面もある。今年1~3月期の訪日客の消費額は1人1泊あたり2万2千円。前四半期より3千円減った。内訳は宿泊費7千円、飲食費5千円、交通費2千円。結構つましい旅である。

 

(4)▼海外メディアが一件を報じる中に「日本は訪日客の多さに加え、困った訪問者という課題に面している」との指摘があった。

舞妓(まいこ)さんにつきまとい桜の枝を折り路上で騒ぐ。人数は一部でも放置すれば住民も他の客も不快になる。日本はもう隠れた花ではない。大きな黒幕を、上手に楽しんでもらう模索の第一歩にしたい。