コラム:日米金利差だけでは説明できない円安、FRB利下げでも是正に直結せず=佐々木融氏(24年5月25日 ロイター日本語電子版無料版)

 

佐々木融氏  ふくおかフィナンシャルグループ チーフ・ストラテジスト

 

記事の概要

(1)「金利差は同じなのにドル/円相場は20円程度も円安ドル高が進んでいる」

(2)「米国の利下げで日米金利差が縮小してもドル安/円高になるかは怪しい」

(3)「短期的には金利差と為替相場は相関が強い」

(4)「数カ月以上の相場を見る時には金利差はあてにならない変数だ」

(5)「円の弱さの根本的な原因は日本経済のファンダメンタルズの弱さ」

(6)「ドル/円相場でみると、円は主要通貨主要新興国通貨に対して弱くなった」

(7)「FRBが利下げをしてもドル買いが起きるとは断言できない」

写真 日米10年国債金利差は昨年夏以降、ほぼ1年間おおむね320─420ベーシスポイント(bp)の間で上下動しているが、ドル/円相場は137円台から一時160円台まで円安・ドル高が進んでいる。佐々木融氏のコラム。2013年撮影(2024年 ロイター/Shohei Miyano)

 

記事[東京 24日] - 

 

(1)「金利差は同じなのにドル/円相場は20円程度も円安ドル高が進んでいる」

日米10年国債金利差は昨年夏以降、ほぼ1年間おおむね320─420ベーシスポイント(bp)の間で上下動している。

しかし、ドル/円相場は137円台から一時160円台まで円安・ドル高が進んでいる。

足元の日米金利差は340bp程度と、過去1年間のレンジの下限の方に近いが、ドル/円相場は156円台と過去1年間のレンジの上限の方に近い。

足元の日米金利差は昨年7月半ばの金利差とほぼ同水準だ。

しかし、昨年7月半ばのドル/円相場は138円前後と現状より約20円程度円高だった。

つまり、金利差は同じなのに、ドル/円相場は20円程度も円安・ドル高が進んでしまっている。

 

<日米金利差とドル/円相場、相関関係の錯覚>

 

(2)「米国の利下げで日米金利差が縮小してもドル安/円高になるかは怪しい」

円安是正のための方策として、米国の利下げにより日米金利差の縮小に期待するという、他力本願的な考え方がある。

しかし、米国が利下げを行い日米金利差が縮小したからといって、本当にドル安/円高になるかは怪しい。

 

(3)「短期的には金利差と為替相場は相関が強い」

確かに金利差と為替相場は短期的には相関が強い時が多い。

だが、長期ではその相関がずれて行くので、長期の分析にはあまり役に立たない。

また、相関は頻繁にシフトする。そして金利差と為替相場の相関関係がシフトしている時には金利差は注目されないので、ずっと同じ相関関係を維持しているという錯覚を与えやすいのだと思う。

例えば

 ゴールデンウィーク明け後、日本の長期金利の上昇もあって、日米10年国債金利差は20bpも縮小している。一方、ドル/円相場は153円から157円近くまで約4円も円安が進んだ。こうした時には誰も日米金利差とドル/円相場の相関の話をしなくなる。

このようなことが繰り返されているため、細かくドル/円相場を追っていない人にとっては、基本的に日米金利差とドル/円相場にはいつも相関があるように感じてしまう。しかし、実際には相関関係は水準を頻繁に変えているのだ。

 

(4)「数カ月以上の相場を見る時には金利差はあてにならない変数だ」

だから、目先数週間から数カ月の相場の話をする時には金利差は有効だが、数カ月以上の相場の話をする時には金利差はあまりあてにならない変数となる。前回ドル/円相場が160円台まで上昇したのは1990年4月だったが、この時の日米10年国債金利差は170bp前後と今の半分程度だった。

 

<円は主要通貨の中でほぼ最弱に>

 

(5)「円の弱さの根本的な原因は日本経済のファンダメンタルズの弱さ」

昨年7月半ばと足元で日米10年国債金利差も日米政策金利差もほぼ同じなのに、ドル/円相場が20円も円安になっているのは、円のファンダメンタルズの弱さが原因だ。

 筆者が以前から指摘しているように、

円の弱さの根本的な原因は、

 1)日本の実質金利が大幅にマイナスとなっていること、

 2)日本と他主要国の名目金利差が歴史的な大きさとなっていること、

 3)日本の国際収支の悪化──

だ。

 

(6)「ドル/円相場でみると、円は主要通貨主要新興国通貨に対して弱くなった」

つまり、今後仮に米連邦準備理事会(FRB)が利下げを行なって、ドル安基調となったとしても、円の弱さが続けば、結果的に円安・ドル高傾向が続く可能性すらある。

 円は2021年、22年、23年と主要通貨の中でほぼ最弱通貨だった。今年も今のところ最弱通貨だ。

過去3年半で、円はメキシコペソに対して8割も下落し、ドルやブラジルレアル、スイスフランに対して5割下落している。人民元、ユーロ、英ポンド、豪ドルなどに対しては3─4割下落している。主要通貨、主要新興国通貨の中で唯一円より弱かったのはトルコリラだが、今年の円はそのトルコリラよりも弱い。ドル/円相場の大幅上昇は、米国との金利差だけが原因ではないのだ。

 

<FRBの利下げはドル安に直結せず>

 

(7)「FRBが利下げをしたら必ずドルが売られるとも言えない」

筆者は以前からFRBの年内の利下げは無いと考えているが、今では次の動きは利上げの可能性が高いのではないかと考えている。しかし、仮にFRBが利下げしたとしても、程度にもよるが、それがそのままドル安につながるとは決めつけられない。

もちろん、その時々の経済情勢によって動きは異なるため、FRBが利下げをしたらドル買いが起きるとは断言できない。

だが、FRBが利下げをしたら必ずドルが売られるとも言えない、というのが経験則だ。

 

編集:宗えりか

 

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

 

*佐々木融氏は、ふくおかフィナンシャルグループのチーフ・ストラテジスト。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。2010年にマネージングディレクター就任、2015年から2023年11月まで同行市場調査本部長。23年12月から現職。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。