春秋(24年5月24日 日本経済新聞電子版)
記事
(1)ファーブルが「昆虫記」に書いている。
「鳥の卵は単純な美しさを具(そな)え、その美には小さな子供でさえ感動する/虫の卵にはこうした完璧な美しさをもつものはめったにない」(奥本大三郎訳)。その例外とも言えるのが……と続く。審美眼にかなったのはカメムシだ。
(2)▼小さな壺(つぼ)のような形状を「妖精のティーカップ」に例えるあたりがファーブルらしい。
とはいえ、うなずくのは相当昆虫好きの方だけか。独特のにおいはよく知られる。「ヘコキムシ」「ヘクサ」などの異名を持ち、英語でも「stink bug」(臭い虫)。そのカメムシがことし、日本各地で大発生しているという。
(3)▼悪臭もさることながら、農作物、特に果樹に深刻な被害をもたらすから気がかりだ。
ただでさえ天候不順で野菜の高値が続くさなかである。農林水産省によると、きのう時点で27都府県が注意報を出した。
場所によっては前年の数十、数百倍とも。これから産卵期を迎えるが、卵の造形美を愛(め)でるどころではなさそうだ。
(4)▼異変の原因ははっきりしない。
専門家によると、暖冬で冬を越した成虫が多かったことが一因だとか。カメムシの臭気は天敵を追い払うだけでなく、仲間とのコミュニケーション手段とも考えられている。危険を察知すると、においで警告を発するのだ。ひょっとしたら、この星のピンチを知らせているのではあるまいか。