「トランプ2.0」欧州覚悟を(USナショナル・エディター) エドワード・ルース(24年5月10日 日本経済新聞電子版 フィナンシャル・タイムズ)

 

記事の概要

(1)「トランプは再選後の政策を公表している」

(2)「大統領選で自分が負けたら暴動の可能性も、とか、欧州にも厳しいことを」

(3)「防衛支出がGDPの2%に達していないNATO加盟国には米軍は支援しない」

(4)「欧州は米国農産品を一切輸入せず貿易は一方通行のようだった」

(5)「欧州の反応 トランプ氏が敗北するのを期待している」

(6)「別の反応は、米経営者らと同様に、トランプの1期目は悪くはなかったとおもうこと」

(7)「どっちが当選しても大丈夫なようにやっていけるのか」

(8)「トランプ政権2期目の要職は欧州嫌いを公言する人々で固めるだろう」

(9)「欧州にもトランプ支持派は何人かはいる」

(10)「英国は保守、労働いずれが政権を握ってもトランプ氏再選の恩恵を受けられる」

(11)「トランプ再選で、西側が世界秩序の在り方を決めるという時代が終わるかもしれない」

(12)「NATOが米国の傘に頼れなくなればドイツやポーランドなどの欧州の国は核保有を検討するかもしれない」

 

記事

 

 

(1)「トランプは再選後の政策を公表している」

トランプ前米大統領が再選されたらどんな政策を取るか、「知らなかった」とはもはや誰も言えなくなった。

というのも11月の米大統領選の共和党指名候補トランプ氏は、4月末に公開された米タイム誌によるインタビューで、再選されたら何をするか珍しく詳細に語ったからだ。

具体的には

 1)不法移民は大量に強制送還し、

 2)米国内のデモは州兵に鎮圧させ、

 3)連邦政府の公務員には忠誠心を試すテストを実施する

 4)人工妊娠中絶を禁じている州では州当局が禁止を無視した中絶がないか女性の妊娠を監視することを容認し、

 5)感染症の大流行に備えて大統領府に新設された部署は廃止する。(前回の新型コロナウイルスの大流行は、自分の手腕で首尾よく解決できたからというのが理由だ)。

 

(2)「大統領選で自分が負けたら暴動の可能性も、とか、欧州にも厳しいことを」

今年の大統領選で自分が負けたら暴動が再び起きる可能性を否定しない。そういう場面が何度もあった。

同氏は欧州に向けても最も歯に衣(きぬ)着せぬ物言いをした。

 

 

 

写真 4月30日に公開された米タイム誌による取材でトランプ氏は、EUとNATO加盟国には極めて厳しい姿勢をとる方針を示した=ロイター

 

(3)「防衛支出がGDPの2%に達していないNATO加盟国には米軍は支援しない」

北大西洋条約機構(NATO)を有料会員制クラブのように捉えようとするのは今に始まったことではない。

防衛支出が国内総生産(GDP)の2%に達していない加盟国は、米軍の支援を必要とする事態になっても支援はしないという考えを再び示した。

 

(4)「欧州は米国農産品を一切輸入せず貿易は一方通行のようだった」

大統領1期目で欧州と繰り広げた貿易戦争をさらに激化させるとした。衝撃的なのは、次の2点を繰り返し強調したことだ。

「欧州連合(EU)は貿易では米国に容赦がない。

自動車などを巡り交渉したが、米国の農産品も一切ほしくないという立場だった。

米国から何も輸入したくないという主張で、米欧の貿易は一方通行のようだった。

NATOも同じだ。米国を何だと思っているのか。

欧州各国は負担すべきものを負担しない」

 

(5)「欧州の反応 トランプ氏が敗北するのを期待している」

今回の取材内容に対する欧州の一つの反応は、11月の大統領選でトランプ氏が敗北するのを期待することだ。だが、それはあまりにお粗末な期待だ。

2020年の大統領選ではバイデン氏は得票率で4ポイント以上の差をつけて勝利した。

だが、この3カ月間の世論調査の結果を平均するとトランプ氏の支持率はバイデン氏を1.5ポイント上回る。

さらに不吉にもトランプ氏は7州の接戦州すべてでわずかだがリードしている。

世論調査の結果をそのまま勝敗に結びつけるのは早すぎるが、大統領選が今日、実施されたらトランプ氏が当選するということだ。

 

(6)「別の反応は、米経営者らと同様に、トランプの1期目は悪くはなかったとおもうこと」

もう一つの反応は、米経営者らと同様に、トランプ氏の1期目はみんなが言うほど悪くはなかったと思うことだ。

誰が選挙に勝とうが我々は生活していかなければならない。

 

(7)「どっちが当選しても大丈夫なようにやっていけるのか」

(米銀最大手JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO))

 今年1月、トランプ氏とバイデン氏にはそれぞれ強みがあるとし、「私の会社はどちらが勝っても存続するし繁栄する」と述べた。

 

(8)「トランプ政権2期目の要職は欧州嫌いを公言する人々で固めるだろう」

トランプ氏が勝った16年の大統領選と今年勝利した場合の違いは、今回は彼が既に就任後の計画を立てている点だ。欧州からすればそれは「攻めようがない難攻不落の米国」のように思えるだろう。

しかも今回は自身の政策を実行する人材を熱烈な支持者の中から選べる。

トランプ氏は1期目は国務長官に米エクソンモービルCEOだったレックス・ティラーソン氏を、ジェームズ・マティス氏を国防長官に任命するなどエリート層の人材を登用した。

だが今回再選されれば、欧州に懐疑的な人物として知られる非営利の米シンクタンク、マラソンイニシアチブ代表のエルブリッジ・コルビー氏や、トランプ政権下で駐ドイツ大使を務めたリチャード・グレネル氏など欧州嫌いを公言してはばからない人々で要職を固めるだろう。

タイム誌の取材で「今回の私の強みは多くの人物を知っていることだ。私は今やよい人も悪い人も、愚かな人も賢い人も知っている。最初に大統領に就いた時はほとんど誰も知らなかった」と語った。

 

(9)「欧州にもトランプ支持派は何人かはいる」

「トランプ2.0」に備え、欧州に何ができるのか明確ではない。

ハンガリーのオルバン首相など欧州のごく一部の指導者は、トランプ氏再選を歓迎するだろう。ロシアのプーチン大統領も歓迎するだろう。

6月の欧州議会選挙で現在の想定通り極右の議員が多く当選したら、EU本部にトランプ氏に共感する人がこれまでになく増えることになる。

加えてウクライナ戦争では意外にもバイデン氏に協調しているイタリアの極右のメローニ首相の支持もトランプ氏はあてにできるかもしれない。

 

(10)「英国は保守、労働いずれが政権を握ってもトランプ氏再選の恩恵を受けられる」

欧州の主流派の政党が、トランプ氏を懐柔する戦略に出ることも考えられる。

英国の次期総選挙で勝利がほぼ確実視されている英労働党は、トランプ氏に近い重要人物との接触を試みている。同党の「影の外相」デビッド・ラミー氏は今月、6度目の訪米をする。

ラミー氏は前述のコルビー氏や、ウクライナ支援に反対の立場をとる共和党のJ・D・バンス上院議員や、トランプ政権の大統領補佐官(国家安全保障担当)だったロバート・オブライエン氏、同じく同政権最後の国務長官マイク・ポンペオ氏と既に関係を構築している。

トランプ氏のEU嫌いのおかげで、英国はどの党が政権を握ってもトランプ氏再選の恩恵を受けられるかもしれない。

(トランプ氏を支持する保守派の米シンクタンク、ヘリテージ財団)

 再選された場合に取るべき政策をまとめた。

 その887ページにのぼる「プロジェクト2025」と題された文書の中でトランプ政権下の米国が貿易の拡大を望む唯一の国として英国を挙げている。

 

(11)「トランプ再選で、西側が世界秩序の在り方を決めるという時代が終わるかもしれない」

トランプ氏が再選された場合、現実から目を背ける、彼と仲良くする、再任を歓迎するとの戦術はどれもうまくいきそうにない。

トランプ氏再選となれば、西側が世界秩序の在り方を決めていくという時代の終わりを意味する可能性が高い。

 

(12)「NATOが米国の傘に頼れなくなればドイツやポーランドなどの欧州の国は核保有を検討するかもしれない」

それはプーチン氏には素晴らしい朗報となり、ウクライナには悪夢となる。これまでの核兵器の

使用はあり得ないとの前提も崩れ、パンドラの箱を開けることになるかもしれない。

NATOが米国の傘に頼れなくなれば、ドイツやポーランドなどの欧州の国は核の保有を検討し始めるかもしれない。これをトランプ氏が問題視する可能性はほぼないわけで、それはあまりに大きな皮肉としか言いようがない。

(電子版4日付)