教育進化論・デジタルの大波(3) MIT修士、動画で通学半分 対面の壁崩し世界に門戸(24年5月8日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

写真 ムークで人生が変わったと話すバットトシグさん(4月、東京都世田谷区)

 

(1)「半年はネット講義動画MOOC、半年は対面授業で修士号費用半減」

米マサチューセッツ工科大(MIT)の学習プログラム「マイクロマスタース」が米国内外の社会人の人気を集めている。世界屈指の難関大のビジネス関連の修士号が約半年の通学と割安な費用で取れるからだ。

実現のカギは有力大が無償でインターネットに公開する講義動画「MOOC(ムーク)」。

1年の修士課程の前半を無料で遠隔のムーク、後半を有料の対面授業にすることで、寮費などを含め年に10万ドル(1500万円)以上かかる修士号の取得費用と通学期間をほぼ半分にした。

 

経済力問わず

 

(2)MITは半年分の学費を逃すことになる。ただ担当のクリストファー・カポゾーラ教授は「これまで受け入れられなかった全ての人に能力を示す機会を提供できる」と門戸を広げる意義を強調する。

 

(3)「2016年以降160万人が受講 修士は260人」

導入は2016年。160万人が受講し、7千人程度が資格を得て最終的に260人が修士となった。

米国の名門私立大は学費が年1000万円近くになる例もあり、富裕層が進学に有利な構図が定着している。ムークはそれを覆し、出身地や家庭の経済力に左右されずに意欲次第で学べる仕組みを実現した。

 

(4)(モンゴル出身の起業家、バットトシグ・ミャンガンバヤルさん(27))

ムークで電子回路を学んだのは高校時代。15万人の受講者中で340人しかいなかった満点の獲得者になって注目され、17歳でMITに進学した。さらに米アップルでiPhoneのカメラ開発に携わった。

今は日米で人工知能(AI)関連企業を経営する一方、モンゴル語で学習動画を無料配信するサイトを開設し、拡大に奔走する。

「母国語で高度な学びを受けられない民族は世界中にいる。ムークに世話になった僕が恩返しをする番だ」

 

2億人の争奪戦

 

(5)

ムークは21年時点で世界の大学1000校近くが2万弱の講座を提供し、2億人超が利用していた。リスキリング(学び直し)ブームも追い風にオンライン学習者は増えており、争奪戦も激しさを増す。

(ソフトバンクグループの通信制大学・サイバー大)

24年春に教育課程を全面的に刷新した。

目玉は複数の科目からなる学習分野ごとに履修済みを証明する「マイクロクレデンシャル」の導入だ。

同大は在校生の卒業率が約4割と低いのが課題だった。

川原洋学長は「成果を細分化して認定することで学ぶ意欲が高まる」と語る。新制度の導入後は学習継続率が高まり、科目等履修をする社会人も増えた。

 

(6)「設備投資よりも受講者を引き付ける話し方や画像の見せ方にこだわった」

(米オークランド大のバーバラ・オークリー教授)

神経科学に基づく効率的な学習方法を解説し、ムークで世界最大級となる約500万人の受講者を集める米オークランド大のバーバラ・オークリー教授は「よい動画制作に多額の費用は必要ない」と言い切る。

1講座に1千万円を投じて受講者を集めようとする大学もあるなか、最初の動画にかけた費用はカメラ代や背景に使う布代など50万円余り。代わりに受講者を引き付ける話し方や画像の見せ方に細部までこだわった。

バーバラさんは「必要なのは熱意を伝え、学ぶ意欲を引き出すこと」と話す。デジタルの波は世界に羽ばたく教師も後押しする。