社説 聖域なき年金改革で持続性高めよ(24年5月7日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)2025年の年金制度改正に向けた議論が厚生労働省の社会保障審議会で本格化してきた。少子高齢化が加速する中で国民の高齢期の暮らしをどう支えるのか。広い視野で検討を進めてほしい。

 

(2)「今の年金制度は欠陥 物価や賃金が低迷する年には調整しない仕組みに」

少子高齢化への対策として04年に導入したマクロ経済スライドと呼ぶ給付調整が機能せず、国民共通の1階部分である基礎年金の財政が悪化。将来にわたって年金水準を下げる必要が生じた。

 

基礎年金の目減り深刻

 

当初の想定では調整は23年に終え、その後は年金水準を維持できる予定だった。ところが物価や賃金が低迷する年には調整しない仕組みにしたため、実際に発動されたのは過去5回しかない。

 

(3)「46年まで給付調整を続けないと財政均衡できない」

その結果、20年以上も先の46年まで給付調整を続けないと財政を均衡できなくなった。基礎年金は24年度の満額で月額約6.8万円だが、46年以降は19年時点の賃金水準に換算して4.7万円程度まで目減りしてしまう。

基礎年金を国民年金として受け取る自営業者らだけでなく、厚生年金の報酬比例部分が薄い中・低所得の会社員の年金にも大きな影響が生じかねない。

老後の生活保障としての機能は著しく劣化しており、基礎年金の改革は最優先で取り組むべき課題だろう。

 

(4)「2025年財政検証の改革案」

厚労省は5年に1度の財政検証により将来の年金水準を試算し直し、24年夏に提示する。

これを踏まえて政府・与党が年金制度の改正案をとりまとめる見通しだ。

今回の財政検証では2つの基礎年金底上げ策を実施した場合の影響を調べることになった。

 

 1)保険料納付期間の延長

 今は20~59歳の40年間納付すると65歳から満額を受け取れるルールだが、納付期間を64歳までに延ばす。負担する保険料の総額は増えるが、毎月の年金額は底上げされる。

 

 2)財政が良好な厚生年金から基礎年金にお金を回すことで、基礎年金の給付調整を前倒しで終了させる案

 

(5)「2019年財政検証の試算」

 33年に調整を終了でき、その後の給付水準をある程度は底上げできるという結果だった。

 この案は一見すると会社員の保険料で自営業者らの年金を救済するように映るが、基礎年金は厚生年金の1階部分も構成しているので底上げの恩恵は多くの会社員にも及ぶ。ただし、高所得の会社員は報酬比例部分が年金に占める割合が大きいので給付額が下がる。

 

(6)「持続性の高い制度に」

1)政府はこうした案の影響を最新のデータではじき直し、国民に利点や課題をていねいに説明してほしい。

2)2004年改革が不調に終わった反省と検証

 今からでもマクロ経済スライドを物価や賃金の状況に関係なく発動させるルールに修正しなければ、現役世代は改革に納得できないはずだ。

3)低年金対策

 基礎年金を全額税で賄う方式や、最低所得を保障するベーシックインカムなど様々な改革案が野党や識者から提起されている。

4)公的年金だけでなく私的年金と一体で老後に備える重要性も増している。

5)現行制度の枠内で傷口をふさぐ発想ではなく、抜本改革も排除せずに持続性の高い制度を構築してほしい。

 

(7)「高齢者就労の在職老齢年金見直しを」

 人口減により高齢者就労の重要性が増す中で、年金をもらいながら働く会社員の年金額を減らす在職老齢年金のあり方はしっかり議論すべきである。

 

第3号制度は廃止を

 

現在は年金と賃金の合計が月50万円を超えると年金が一部カットされている。

これを見直せば高齢者の就労が促進される可能性がある。所得が上がると今より高額の医療・介護保険料を負担する人が増え、社会保障の支え手が厚くなる効果にも目を配りたい。

一方、働く高齢者の年金アップは年金財政を悪化させる。

影響を多角的に分析した議論が要る。

 

(8)「国民年金の第3号被保険者制度」

 専業主婦ら会社員に扶養される配偶者を対象とした国民年金の第3号被保険者制度は、今回の改正で廃止すべきだ。

1)保険料を自ら負担せずに年金を受給できる仕組みは公平性を欠く。

共働きやシングルマザーなど世帯の姿が多様化する中で、被扶養配偶者だけが優遇されるのは、ライフスタイルの選択に中立的な制度とはいえないだろう。

2)主婦らがパートで働いても、収入が一定額を超えるまでは年金や医療の保険料を納めなくてもよいルールは、不公平感をいっそう強めている。

第3号被保険者制度を聖域とせず、給付と負担の関係を重視する社会保険の原則に沿った仕組みに改めるべきだ。

 

■厚労省、年金改革へ5案検証 パートほぼ全員加入案など(日本経済新聞  2024年4月16日)

 

写真 厚労省は年金制度改革の財政検証で用いるオプション試算の項目を示した(16日、東京都内)

 

記事

 

厚生労働省は16日、年金制度の改革に向けて議論の土台となる5つの項目を発表した。パート労働者のほぼ全員が加入可能となる厚生年金の対象拡大案などを提示した。各項目の給付水準を試算し、保険料を払う加入者や事業主への影響を見極めたうえで改革に盛り込むかを判断する。

 

厚生年金に短時間労働者が加入するには従業員101人以上の企業に勤務しているほか、週20時間以上働き、月収が8.8万円(年収換算で106万円)以上といった条件を満たす必要がある。10月からは51人以上の企業に拡大する。

 

今回の検証では従業員規模の要件を撤廃したうえで、就労時間や月収が一定水準を超える全員が加入可能になった場合の将来の給付水準を計算する。パート労働者でもほとんどの人が基礎年金だけでなく厚生年金ももらえるようになる一方、事業主側の拠出は増える見通しだ。

 

配偶者に扶養されている第3号被保険者への影響も大きい。年収が一定額を超えると保険料の負担が発生するため、厚生年金の対象にならないように勤務時間を減らす人が多い。

今は人手不足を背景に賃金が上昇しているため、働き控えが増えているとの指摘がある。厚労省の議論では「(厚生年金の加入要件など)制度が人々の行動を阻害することになっているなら変えていくべきだ」との意見が出ている。

 

 

 

基礎年金の保険料納付期間を巡っては現行の40年間(20~60歳)を45年間(20~65歳)へ延長することで給付額がどれくらい上がるかを試算する。全ての加入者の年金額は多くなるが、低所得者を中心に保険料の負担感が強まるという課題がある。

 

基礎年金の給付額に関しては「マクロ経済スライド」と呼ばれる仕組みによって抑制される期間が厚生年金よりも長い。この期間を厚生年金の財政から基礎年金の財政への拠出額を増やすことで短縮し、年金額がどれくらい増えるかをみる。

 

働く高齢者の厚生年金受給額を減らす「在職老齢年金制度」の見直しも議題とする。現在は賃金と厚生年金の合計が月50万円を超えると年金が減額となるため「働き損」を敬遠して就業時間を調整する人がいる。高齢者の就業促進に向けて制度を廃止・緩和した場合の効果を調べる。

 

会社員や公務員が入る厚生年金の保険料は「標準報酬月額」と呼ばれる基準額に保険料率18.3%を掛けた分になる。負担が過大にならないように上限が設けられており、月給がどんなに高くても厚生年金の標準報酬月額は65万円より大きくならない。

 

この上限額を引き上げた場合の影響も確認する。対象となる人の将来受け取る年金が増えるだけでなく、保険料収入が拡大することによって全体の給付水準も高まる可能性がある。

 

いずれの改革にもハードルがある。厚生年金の加入拡大は、事業主側の拠出負担が増えるためパート労働者の割合が多い業界から段階的な措置を求める声が根強い。

 

例えば、月収8万8000円以上で厚生年金に加入する場合、事業主は月額8000円程度、年額では9万6000円の負担増になる。保険料は労使の折半で、パート労働者の負担も同じ額だけ増える。

事業主は労使で分担する雇用保険や医療保険などへの拠出も加わる。16日の社会保障審議会(厚労相の諮問機関)年金部会では日本商工会議所の審議会委員から「各試算における社会保険料の負担の変化を示してほしい」と求める声があった。

 

基礎年金の納付期間延長は財源の半分を占める国庫負担が増すと指摘されている。在職老齢年金制度は廃止した場合、将来の給付水準が減ることが2019年の試算で示されている。

厚労省は試算対象の5項目を16日の審議会で提示した。公的年金の持続性や給付水準を点検したうえで夏に発表する「財政検証」に盛り込む。

財政検証では、中長期の実質経済成長率をマイナス0.7%からプラス1.6%までの間で4通り置く経済シナリオを想定する。今回の検証は労働参加と経済成長が比較的大きく進む「長期安定」と、一定程度進む「現状投影」の中間シナリオの2つを軸に試算する。

 

厚労省は財政検証を基に年金制度改正案を年末までに詰める。25年の通常国会に関連法案を提出する方針だ。

 

試算対象にした項目でも改正案に反映されない可能性はある。試算対象外の内容が改正案に入ることもありえる。

 

厚生年金の適用拡大については、5年前の財政検証でも企業規模要件や賃金要件の廃止に関する試算をした。実際に実現した改正は企業規模の要件緩和にとどまった。

検証項目には無いが、配偶者の死亡時に受け取る遺族厚生年金についても見直しの議論が進む。男女で年齢などの受給要件に差があり、これまでの審議会の議論で、男女差を解消する必要があるとの指摘があった。