春秋(24年5月4日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)「花よ おまへは美しかつた」「小鳥よ おまへは優しかつた」。

詩人・立原道造の「爽やかな五月に」で、主人公は恋人に対し周りにある心引かれるものを挙げていく。輝く星や植物、小動物。舞台は鳥たちのすむ豊かな森があり、作者が愛した信州の高原とされる。

 

(2)▼風も爽やかな5月を迎え、自然がますます魅力を増す。

きょうはみどりの日。自然に親しみ豊かな心を育む祝日として、バブル景気の真っ最中だった1989年に誕生した。日本は経済成長により物質的に満足する水準に達した。これからは心の潤いやゆとりが大事だ――。小渕恵三官房長官(当時)の説明が記録に残る。

 

(3)▼当初は4月29日、今は5月4日。

いずれも緑に親しむにはいい季節だ。さて、私たちは森や林をどこまで大切にしてきたか。環境省のサイトによれば世界の陸地の3割を占める森林の面積は減少傾向が続く。特に南米、アフリカでの減り方が大きい。一方で欧州やアジアの一部では植林活動が奏功し森が増えているそうだ。

 

(4)▼日本の現状はどうだろう。

林野庁の資料をみると、森林所有者に無断で木を伐採するなど問題のある事例は絶えない。「だれも 見てゐないのに/咲いてゐる 花と花」(立原「ひとり林に……」)。そんな人里離れた森林にどう人の目を届かせるか。みどりの日を、遠い地でひっそり育つ緑にも思いをはせる日にしたい。