春秋(24年5月2日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)「廃屋はもう、朽ち果てていくしかないけど、空き家は違う。また生活が始まるかもしれない」。

重松清さんの小説「カモナマイハウス」に、こんな印象的なセリフがある。役職定年となって、出向先の不動産会社で空き家のメンテナンスに携わる主人公のつぶやきだ。

 

(2)▼曲がり角を迎えた自らの人生と、すみかというものの行方とを重ねた感慨だろう。

この物語は、いま、日本中で増え続けている空き家をめぐるリアルな悲喜劇だ。作中に、全国の空き家の数は2018年時点で849万戸というくだりがある。おととい発表された23年の統計ではこれを大きく更新し、900万戸に迫った。

 

(3)▼住宅数に占める割合は13.8%。

これらの空き家のうち、長期にわたって居住や使用の目的がない「放置空き家」は385万戸。共同住宅のなかの物件は502万戸……。思えば、じつに膨大な数字である。人の住まぬ家は災害に弱く、犯罪の温床となり、まちづくりの障害になろう。マンションであれば建て替えを阻む。

 

(4)▼小説には、やり手の「空き家再生請負人」が登場する。

火葬を待つ遺体の安置所に使うといった手法に周囲は戸惑うが、多死社会の現実を直視させてやまない。ちなみに「カモナマイハウス」とは、戦後復興期に江利チエミがカバーした名曲のタイトルだ。●(歌記号)家(うち)へおいでよ わたしのお家へ――。そこに、暮らしがあった。