春秋(24年4月28日 日本経済新聞電子版)

 

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(1)連休初日、散歩がてら東京下町の亀戸天神を訪れた。

江戸期から親しまれる藤棚の名所である。花の盛りはやや過ぎていたものの、それでも見事。空から流れ落ちるような薄紫の花房が、庭園の池に映えていた。花と一緒に自撮りする人たちで境内はごった返していた。

 

(2)▼古事記や万葉集に既に見え、最近では「鬼滅の刃」でも鬼を封じる植物との設定で登場した藤は、実は日銀ともつながりが深い。

藤原鎌足がたびたび紙幣の肖像として使われ、合わせて藤の花が描かれてきたのだ。鎌足と中大兄皇子が大化の改新につながる議論をしたのが、咲き乱れる藤の下だったという故事に由来する。

 

(3)▼津田梅子をあしらう新5千円札では〝藤推し〟がさらに進む。

裏面の左には幾重もの藤の花が大きく描かれる。パッと見には目立たないながら、背景にも薄い藤模様を丹念に刻む。色合いも紫が基調だ。表情が繊細な藤は偽造防止に役立つという実用面もあろうが、古来なじみの深い花が新しいお札に使われるのは悪くない。

 

(4)▼さて、足元で勢いを増す円安に直面するその日銀である。

「異次元」からの脱出路に待つ市場の洗礼ということか。難しいかじ取りを求められる植田総裁だが、日銀のみで対処する話にあらず、政府ともども丁寧に事に当たるほかあるまい。藤の新紙幣の登場は7月。そのころには市場との対話はどう進んでいるだろうか。