(4月20日)ノーベル賞学者が提唱の「ナッジ理論」、応用した「分別したくなるゴミ箱」を高校生が考案(24年4月23日 読売新聞オンライン無料版)

 

記事(川口崇史)

 

 

(1)要点

地元高校生が発案したペットボトル用のごみ箱が、堺市役所で利用されている。正しい分別を促す仕掛けが特徴で、活用しているのが行動経済学の「ナッジ理論」だ。ちょっとした工夫で、人々の行動に変化を与えることができるという理論で、行政施策に活用している自治体もある。(川口崇史)

 

「ベストナッジ賞」受賞

 

(2)「ペットボトルとキャップとラベルを分別」

来庁者や職員が行き交う堺市役所1階の通路に、3月から新しいペットボトル用ごみ箱が置かれた。

外側がかご状になっており、単純だが、これがキャップとラベルを外してから捨てる正しい分別を促す仕掛けだ。

箱の中が見えるため、捨てる人が「他の人はきちんと分別している」と意識し、ルールを守るようになる。

 

写真 高校生らが考案したごみ箱。ペットボトルを捨てる箱と、キャップとラベルを捨てる箱に分かれ、中が見えることで正しく分別しようという意識が働くという(堺市役所で)=長沖真未撮影

 

(3)考案したのは大阪府立泉北高校(堺市)の生徒たち。

校内での検証では、啓発ポスターと組み合わせることで、正しい分別が行われる割合が40ポイントアップ。ペットボトル以外のごみの混入率はゼロになったという。

 

(4)「自発的な行動変容を促す」

行動経済学の理論で「ナッジ」と呼ぶ。

英語で「肘で軽くつつく」「そっと後押しする」という意味で、

2008年に米国の経済学者リチャード・セイラー氏らが提唱した。他人と同じ行動を取ろうとしたり、面倒なことを回避しようとしたりする人間の心理を利用し、自発的な行動変容を促す考え方だ。セイラー氏は17年にノーベル経済学賞を受賞した。

 

 

 

(5)ごみ箱は昨年11月に環境省など主催のコンテストで高校生部門の「ベストナッジ賞」を受賞。

これを機に、ナッジ理論を用いた環境施策に取り組んでいる堺市の職員プロジェクトチーム(PT)が市役所で取り入れた。

週1~2回ごみ箱を使う市職員の男性(40)は「今までそのまま捨てていたけれど、『みんなやってるんやな』と、分別するようになった。最近は家でもするようになった」と話す。

市によると正しく分別される割合が7割近く向上しており、PTメンバーの前川裕輔さん(39)は「民間企業や商業施設にも広めていきたい」と話す。

 

足形で「ディスタンス」確保

 

(6)「ソーシャルディスタンスの確保に立ち位置に足形シールを設置」

「コロナ禍での兵庫県尼崎市の取り組み」

自治体の政策立案をサポートするNPO法人「ポリシーガレージ」(横浜市)によると、ナッジ理論の活用が広がったきっかけの一つが、コロナ禍での兵庫県尼崎市の取り組みだ。

 「ソーシャルディスタンス」の確保を呼びかけるため、市内の商店街に足形シールを設置。

それが20年夏に世界保健機関(WHO)のホームページでナッジ理論を活用した取り組みとして紹介され、単なる啓発活動以上に有効と認識されるようになったという。

写真 ソーシャルディスタンスを促す足形のシールが貼られた床(2020年撮影、尼崎市提供)

 

NPOによると、堺市のように職員チームを作って理論の活用に取り組む自治体は、19年の4自治体から昨年12月には22へと増加。

予算をかけず、アイデア次第で効果が上がるとして、防災や街の美化など様々な分野で試みられている。

 

(7)「住民へのアンケートで封筒宛名ラベルに「○月○日までにご返送ください」と付記」

(茨城県つくば市)

 20~21年、災害時に避難に支援が必要な住民へのアンケートの返信率を上げるため、封筒の宛名のラベルに「○月○日までにご返送ください」と短い文言を明記する工夫をした。返信率が13ポイント向上し、職員が個別訪問する手間が減った。

 

(8)「愛煙家の80%がマナーを守っています」(東京都狛江市)

 たばこのポイ捨て防止で「愛煙家の80%がマナーを守っています」とソフトに呼びかけることで、自発的なマナー順守を促す工夫をしている。

 NPO代表理事の津田広和さん(39)は「押しつけではなく、住民に自ら行動を変えてもらう手法で、行政が取り入れやすい。工夫次第で様々な施策に使えるので、さらに取り組みが広がれば」と話している。