米「素数ゼミ」221年ぶり大発生 1兆匹出現か、捕食者を回避(24年4月21日 日本経済新聞電子版)

 

記事(下野谷涼子)

 

 

 

(1)要点

 米国で221年ぶりの大騒動への警戒感が高まっている。

  幼虫として13年間地中で暮らしてきた「13年ゼミ」の一群と、

  17年間暮らしてきた「17年ゼミ」の一群

が4~6月ごろに同時に地上へ姿を現すと予想されている。

その数は1兆匹。「素数ゼミ」が織りなすショーの行方から目が離せない。

 

(2)「大量のセミの死骸の臭い、歩行者の転倒、自動車のスリップ事故が起きるかも」

「1兆匹を超えるだろう」。米スミソニアン国立自然史博物館のコレクションズ・マネジャー、フロイド・ショックリー氏は素数ゼミの大発生を予想する。

1エーカー(約0.4ヘクタール)当たり100万~150万匹現れる可能性があるという。

大量のセミの死骸がにおったり、歩行者の転倒や自動車のスリップ事故が起きたりするかもしれない。

素数とは1とその数以外では割り切れない数で13と17は該当する。その周期が重なるのは最小公倍数である221年に1度となる。

 

 

 

(3)「セミを見かけた場所を市民が投稿できるアプリ」

「シケイダ・サファリ」の作成者で、収集データをもとに研究を進めている米マウント・セント・ジョセフ大学名誉教授のジーン・クリツキー氏は「生息域が隣接するイリノイ州スプリングフィールドでは、1日で13年ゼミと17年ゼミの集団を目にするまたとないチャンスだ」と期待する。

 

(4)このセミは米国固有の種で、13年ゼミは4種、17年ゼミは3種いる。地域ごとに出現する年が異なる集団を分類した「ブルード」でみると13年ゼミは3グループ、17年ゼミは12グループある。

グループを問わなければ、米国内のどこかで同時に出現することはある。

生態はユニークだ。昆虫の中でもかなり長い生涯を送る。

幼虫の時は地中でカシやニレなどの木の根から汁を吸い、13年または17年かけてゆっくりと成長する。

地上に出ると木に登り、羽化する。

成虫は一斉に交尾し、4~6週間で生涯を終える。

メスは若木に産卵し、ふ化した幼虫が地面に落ちると新たな世代の地中生活が始まる。

日本のセミは毎年、鳴き声を聞ける。13年ゼミと17年ゼミには、どうしてこれほど特殊な生存戦略が生まれたのか。

 

 

 

(5)理由の一つが捕食者の回避だ。

同時にたくさんのセミが成虫になれば、数が多すぎて小動物や鳥などに食べられる確率が下がる。捕食者が一時的に増えて、子孫を残しても、セミが地中に長期間いる間に自然に減る。一斉に成虫になることで、繁殖相手が多くなる利点もある。

京都大学の曽田貞滋名誉教授は「13年や17年という周期は維持されやすかったのではないか」と話す。2や3ではなく、大きな素数である13や17は最小公倍数が大きく、他の集団と出合う確率が下がる。

 

(6)「21年に発生するはずの17年ゼミが地中で早く成長し4年早く羽化」

13年ゼミと17年ゼミは約50万年前に同じ祖先から分かれたと推定されている。現代まで周期を刻んできたのは、地球の気候変動が許される範囲内にとどまっていたからだ。

ところが2017年、本来は21年に発生するはずの17年ゼミが4年早く羽化する事態が生じた。米コネティカット大学シニア・リサーチ・サイエンティストのクリス・サイモン氏は「今後は4年早く羽化する17年ゼミが増え、やがて13年ゼミになっていくだろう」と話す。気候が温暖になると、幼虫が毎年成長できる時間が増えて早く大きくなるからだ。

 

(7)サイモン氏はさらに、温暖化によって春の訪れが早まるため、毎年の羽化の開始時期が早まると予想する。

セミは地上に出る年の春の土壌温度や、木のライフサイクルの影響を受けるという報告がある。地球温暖化でこれらの環境が変動する以上、セミにも影響を与える可能性が高い。

世界の平均気温は産業革命前から1度超上昇した。「温暖化が極端に進むと、分布域が変わったり集団自体が少なくなったりするだろう」(曽田氏)。13年で羽化するセミが増えると、もともとの17年の集団が絶滅していく可能性がある。

 

(8)この春に「定刻」通りに大量のセミが姿を見せれば、社会の混乱と引き換えに地球の健全性を示すひとつの証しにもなる。リズムを守り、一斉に鳴くセミが生涯を謳歌するのか。セミ出現はいっときの騒ぎにとどまらない。

(下野谷涼子)