春秋(24年4月17日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)暗い夜空に次々に花火が打ち上げられる。

光の輪が輝きながら大きく広がり、辺りをびっしり埋めつくした人々からいっせいに歓声が上がる。その壮大なパノラマを、色紙を細かく切って表現した。空気の震えまで伝わってきそうな、山下清の貼り絵「長岡の花火」だ。

 

(2)▼佐賀県立美術館で開かれている回顧展を訪ねると、たくさんの人が作品の前で足を止めていた。

数々の傑作の背景に、画家の放浪癖があったことは広く知られている。旅から戻ると驚くべき記憶力を発揮して、目に焼きつけてきた風景を作品にした。画家を放浪へと駆り立てたきっかけの一つには、徴兵への恐怖があった。

 

(3)▼いま私たちが目にしているのは、人をうっとりと楽しませる花火とは逆の光景。

うなりをあげて空を切り裂き、人々から平和な暮らしを奪うミサイルの姿だ。つい先日も遠い海のかなたの夜空を、オレンジの光が飛び交う映像が飛び込んできた。次はどこが標的になるのか。報復が報復を呼ぶ連鎖への懸念が高まっている。

 

(4)▼「戦地へ行ってこわい思いをしたり 敵のたまにあたって死ぬのが一番おっかない」(「裸の大将放浪記」)。

かつてそう記した画家が、亡くなる前に残した言葉は「ことしの花火見物はどこへ行こうかな」だった。終戦から二十数年。穏やかな日常の尊さを示す。人の脳裏に焼きつくものが、破壊の炎でいいはずがない。