シンガポール首相、来月退任 金融ハブの地位固める IR実現、観光大国にも(24年4月17日 日本経済新聞電子版)

 

記事【シンガポール=佐藤史佳】

 

(1)シンガポールのリー・シェンロン首相(72)が5月の退任を公表した。就任から20年目の節目の年に、ローレンス・ウォン副首相兼財務相(51)に首相職を禅譲する。

リー氏は在任中、金融ハブとしての地位を固め、観光産業の育成に力を注いだ。

 

 

(2)「金融センター、人材ハブ、貿易拠点としての地位を強化」

リー氏は2004年に第3代首相に就任。

建国の祖、リー・クアンユー初代首相の息子としての高い知名度や強いリーダーシップでシンガポールを率いてきた。強みである金融や外資の呼び込みを積極化し、アジアのハブとしての地位を強化した。

メイバンクのエコノミスト、チュア・ハクビン氏は「この20年間で世界の金融センター、人材ハブ、貿易拠点としての地位を強化してきた」と評価する。

 

(3)シンガポール金融通貨庁(MAS)の調査では、シンガポールにおける運用資産の金額は2003年に4650億シンガポールドル(約52兆円)だったが、22年には4兆9090億シンガポールドルと10倍に拡大した。

(シンガポール在住の著名投資家、ジム・ロジャーズ氏)

 「開放的で自由な経済政策を継続し、数十年にわたる成功につなげた」とたたえる。

香港で19年以降に起きた大規模デモなどの影響で、金融機関が香港からシンガポールへ拠点を移転する動きもある。

 

(4)「国民に入場料を課すなど利用抑制の仕組みを導入して2つのIRを実現」

観光産業の育成だ。「いま統合型リゾート(IR)の導入に動かなければ、他の国に置いていかれて追いつけなくなる」。カジノを含むIRの導入へ賛否両論が巻き起こっていた05年、リー氏は10~20年後を見据えた経済成長への強烈な危機感を訴えた。

シンガポールは小国で資源に乏しい。経済成長に陰りが見えるなか、新たな強みをつくる必要があった。射幸心をあおるなど悪影響を心配する声に対し国民に入場料を課すなど利用を抑制する仕組みを導入して2つのIRの実現にこぎつけた。

 

(5)外国人観光客は新型コロナウイルス禍前の19年に1900万人を超え、就任前の03年の3倍の水準に達した。コロナ禍で落ち込んだ後、23年には1361万人に急回復している。

経済成長率は低下傾向にあり、観光産業の成長が歯止めとなってきた。

 

(6)外交面では米中の間でバランスを重視。

米国と05年に防衛・安全保障に関する戦略的枠組みで合意し、19年には米軍がシンガポールの軍事施設を利用できる覚書を15年延長した。中国とも19年に防衛交流・安全保障協定の改定に署名した。

 

(7)シンガポールは与党・人民行動党(PAP)の1強で、1965年の独立以来、政権が変わったことはない。与党支持率は前回20年選挙時点で6割を超える。過去も与党内で首相の後継が指名されてきた。

 

(8)バトンを受けるウォン氏

 元官僚で、貿易産業省や財務省、保健省などを経験し、幅広い分野で政策通といわれる。

政界入りは11年で政治経験は浅いが、コロナ対策の共同責任者としてテレビに何度も登場し知名度を高めた。

次期首相の最有力候補と目されていたヘン・スイキャット副首相が辞退したことで、51歳と与党幹部の中では若手ながらお鉢が回ってきた。

次世代を担うPAPの「第4世代指導層」の中で、同僚政治家からの信頼も厚い。

ウォン氏は16日、現地メディアに対し、リー氏が退任後も上級相として入閣する方針を明らかにした。円滑な政権の移行のため、リー氏の支援を受けるとみられる。