尹氏の対日政策 難路 韓国与党大敗、政権脆弱に 元徴用工問題見通せず(24年4月12日 日本経済新聞電子版)

 

記事【ソウル=甲原潤之介】

 

(1)韓国総選挙(一院制の国会議員選)で与党「国民の力」が108議席にとどまり大敗した。現有議席の114議席を大幅に下回る事態はかろうじて回避した。

当面の日韓関係への影響は限定的とみられるが、韓国政府が関係改善に取り組む上で火種は残っている。

 

(2)与党は投票日直前の世論調査や当日の出口調査で、現有議席114議席を大幅に下回ると報じられていた。定数300議席の3分の1にあたる100議席を下回るとの予測もあった。野党勢力が大統領の弾劾訴追も可能となる3分の2を確保する可能性も取り沙汰された。

最大野党「共に民主党」と曺国(チョ・グク)元法相が立ち上げた革新系新党「祖国革新党」の議席数はあわせても3分の2に届かなかった。与党は大敗したものの、野党の極端な巨大化は免れた。

 

 

 

 

 

(3)尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は2022年の発足当初から国会で与党が過半数割れした状態だった。

立法や予算措置が重要になる内政の政策課題とは異なり、外交・安全保障政策は尹氏のフリーハンドの余地が大きい。

 

(4)尹氏は日本との関係改善に関する強い信念を持つとされ、選挙を経て対日政策を変えるとは考えにくい。

これまで少数与党の状態で、金融危機の際に通貨を融通しあう通貨交換(スワップ)を8年ぶりに再開するなど政策を進めてきた。

関係改善を受け、日本も輸出優遇措置の対象となる「グループA(旧ホワイト国)」に韓国を再指定した。日本政府は19年の関係悪化時に、韓国に対する輸出管理を厳格化する措置をとっていた。

韓国半導体産業協会の安基鉉(アン・ギヒョン)専務は「(輸出管理問題の時に)関係の毀損が両国にとって良くないことを経験した。与野党ともにそれを傷つけるようなことはしないと思う」と話す。

 

(5)韓国最高裁は18年以降、日本製鉄など複数の日本企業に対し元徴用工への賠償を命じる判決を確定させた。

尹政権は1965年の日韓請求権協定で解決済みとする日本側の立場に理解を示し、韓国政府傘下の財団が判決金を支払う解決策を提案した。勝訴した原告に支払いを進めている。

解決策は韓国内で「一方的な譲歩だ」など一部に反発もあったが、大統領の強力な権力を用いて推し進めてきた。尹氏の大胆な取り組みに官庁や企業も協力した。2022年に発足したばかりの政権に求心力が働きやすい状況だったことも尹氏を後押しした。

今回、与党が過半数を取れなかったことで、尹政権が元徴用工問題の解決策を最後までなし遂げられるか見通しにくくなった。

 

(6)韓国の大統領は任期が1期5年に限られ、中間に国会議員選を挟む。ただでさえ、選挙の勝敗に関わらず政権後半に「レームダック(死に体)」に陥りやすいといわれる。

尹氏の「中間評価」と位置づけられた総選挙で与党が議席を伸ばせなかったため、政権のレームダック化が早まるとの指摘も出ている。

官庁や企業が権力移行に備え、尹政権への協力姿勢を弱める恐れがある。

 

(7)韓国政府の財団は足元で原告への支払いの原資が不足している。鉄鋼大手ポスコが資金を拠出しただけで、寄付の動きが他の企業に広がっていない。今後、企業側の政権への協力姿勢が低下すれば寄付集めがいっそう難航しかねない。

財団からの資金の受け取りを拒否する原告への弁済が滞っている問題もある。

今回の選挙で与党が勝利すれば、国会で法整備をして新たな財団をつくり、完全解決をめざす道が開けるはずだった。与党が敗北し、この道は絶たれた。

 

(8)野党は総選挙での圧勝を背景に、尹政権に対日関係の修正を迫りそうだ。共に民主党は総選挙の公約で、元徴用工や慰安婦の問題で「日本企業や政府の直接補償」を求めた。日本企業が補償しない形での解決を進めてきた尹政権を批判する。

尹政権が日韓関係の改善を機に進めた日米韓の安保協力についても、野党は「北朝鮮との対立をあおっている」と非難する。

 

(9)尹政権が残る任期でこれまで通りの外交・安保政策を進めたとしても、次の大統領が尹氏の方針を維持する保証はない。中国の台頭や北朝鮮のミサイル開発など東アジアの安全保障環境を考えると、韓国の内政リスクが改めて浮き彫りになった。