イスラエル全土でデモ ネタニヤフ首相に内外から批判 ガザ衝突半年、孤立深まる(24年4月8日 日本経済新聞電子版)

 

記事【ドバイ=岐部秀光】

 

(1)要点

イスラエルとパレスチナ自治区のイスラム組織ハマスの衝突は7日に半年となり、イランを巻き込んだ地域の紛争に広がる懸念が高まる。

内外から批判を浴びるイスラエルのネタニヤフ首相には緊迫する情勢を自身の延命につなげようとする狙いが透けてみえる。

 

写真 イスラエルのテルアビブで開かれたネタニヤフ政権への抗議デモ(6日)=ロイター

 

(2)イスラエル全土で6日、総選挙の実施や人質の迅速な解放を求める大規模なデモが開かれた。

テルアビブでは約4万5千人が参加し、政府への抗議をつづった看板を掲げた。

イスラエルメディアによると、少なくとも5人の参加者が逮捕されたほか、参加者に車が突っ込んで5人が負傷した。

 

(3)「われわれは総選挙の日程を決める必要がある」。

世論調査でネタニヤフ氏を上回る人気をもつベニー・ガンツ前国防相もこのほどテレビ演説で総選挙の実施を求めた。ネタニヤフ氏への退陣圧力は一段と高まっている。

国際的な孤立も深まっている。

イスラエルに同情的だった国際世論はパレスチナ人の膨大な犠牲を目にして批判に転じた。

米国の食料支援団体の車両をイスラエル軍が誤って攻撃して7人を死なせた事件もあった。

 

(4)「米国によるネタニヤフ外しのシグナル」

ガンツ氏は3月に米国を訪れた。ハリス副大統領らバイデン米政権の高官が会談に応じた。「米国によるネタニヤフ外しのシグナル」との見方がイスラエルで広がる。

 

(5)「イスラエルには選挙で数カ月の「空白」をつくる余裕がない」

ネタニヤフ氏はユダヤ教超正統派や極右勢力の支持を頼みに強硬路線をひた走る。ネタニヤフ氏は「魔術師」の異名を持ち、過去の深刻な政治危機を生き延びてきた。

首相在任期間は「建国の父」ベングリオンを上回り、歴代で最長を誇る。

ハマスとの戦争のさなかに新しい指導者を選ぶための数カ月の「空白」をつくる余裕がいまのイスラエルにないことを読み切っている。

 

(6)「ネタニヤフ氏は対米関係の緊張も制御できると考えている」

バイデン米大統領は4日、ネタニヤフ氏に強硬路線を改めなければイスラエルへの支援を見直すと警告した。

対米関係の緊張もネタニヤフ氏は制御できると考えている。食料支援団体の事件をめぐり軍の高官2人を解任すると発表した。

 

(7)「トランプ前大統領が選挙に勝利するのを待っている」

イスラエル軍によるとされる1日のシリアのイラン大使館攻撃には、政治的なメッセージが込められていた可能性が中東ではささやかれている。

ネタニヤフ氏が米国や欧州などの民主主義陣営の国に、イランなど権威主義体制と、イスラエルなど民主主義体制が戦っていることを印象づけたかったという説だ。

ネタニヤフ氏の手法が気に入らないからといって米国や欧州連合(EU)がハマスやイランの側に立てるはずがない。

「トランプ前大統領が選挙に勝利してホワイトハウスへと戻ってくるだろう」。

ネタニヤフ氏にはそんな計算もあるかもしれない。前大統領はイスラエルに露骨な肩入れをして蜜月関係を築いた。

自身の延命のために危機を演出する賭けに出ているとすれば、あまりに危うい戦術だ。

 

(8)「ハマス壊滅してもガザの住民の激しい怒りを養分にした新たな過激派勢力がうまれる」

パレスチナとイスラエルのふたつの国が隣り合って平和裏に共存する「2国家解決」は遠のいた。

ハマス壊滅の作戦がたとえ成功したとしても、ガザのがれきから一般住民の激しい怒りを養分にした新たな過激派勢力がうまれるのは確実だ。

 

(9)「イランの対米戦争も起こりかねない」

ネタニヤフ氏が政権にとどまればとどまるほど、アラブ諸国との関係はこじれていく。

サウジアラビアはイスラエルとの関係正常化を諦めていないとみられるが、ネタニヤフ氏がいるかぎりイスラエルとアラブの安全保障協力はおろか経済関係強化すら難しい。保守強硬派が体制の中心に位置するイランの動きは予想がますます難しい。偶発的な衝突は、望まないかたちで米国をも中東に引き込み、制御不能の混乱をまねきかねない。