米銀、口座情報を無償開放 日本は銀行へ接続料 フィンテック企業の環境整備、技術革新出遅れ懸念(24年4月5日 日本経済新聞電子版)

 

記事(ワシントン=高見浩輔、中村雄貴)

 

(1)要点「米は利用者了解で銀行口座情報をフィンテックに無償提供義務付け」

金融機関が持つデータや機能を利用してフィンテック企業が新たなサービスを生み出す「オープンバンキング」で、日本に出遅れ懸念が出ている。

米政府は年内にも利用者の了解があれば、口座情報をフィンテックに無償で提供することを義務付ける新規則を公表する。

日本のように有料なのは先進国で珍しく、技術革新で遅れかねない。

 

 

(2)「オープンAPI」

世界で無償化が進むのは、銀行口座の情報を外部企業を通じて参照できるオープンAPIと呼ばれる仕組みだ。

外部からの新規参入を促し、既存の金融機関からは生まれにくい利用者目線のサービスを呼び込む狙いがある。

 

(3)日本では家計簿や会計アプリで使われている。

ウーバーの決済サービスなどもこの仕組みを使っている。

個人や企業の利便性が高まり、生産性の向上にもつながる。

 

(4)(米消費者金融保護局(CFPB))

 2023年10月、金融機関にAPI接続を義務付け、接続料を無償にする規制改革案を発表した。すでに内部の議論は仕様の標準化に移っており、年内に最終案として公表する。

「無償化の狙い」

  金融機関が個人のデータを抱え込むのを禁じ、利用者の意思でより良いサービスの提供企業に共有できるようにすることだ。

 

(5)(欧州連合(EU))

  16年施行の「PSD2(決済サービス指令)」で銀行にAPI接続を義務付け、18年施行の一般データ保護規則(GDPR)で個人データの囲い込みに網をかけた。

口座情報は金融機関の所有物ではないという考え方だ。

 

(6)「接続そのものについては18年施行の改正銀行法で努力義務と」

日本にはAPI接続を無償で提供する義務はない。接続そのものについては18年施行の改正銀行法で努力義務とされ、一気に進んだが、フィンテック企業を中心に銀行側が要求する費用への不満は根強い。

「高い費用に不満」

例えば家計簿アプリを通じて利用者が銀行口座の残高を確認する場合、日本の多くの銀行はAPI接続料を徴収する。

フィンテック企業は利用者から手数料をとるか、自らの収益を削って銀行への支払いを捻出する必要がある。

 

(7)「公取はフィンテック企業と銀行が対等な立場で競争できる環境整備を求めた」

(公正取引委員会が22年3月~23年2月のヒアリングを基に作成した調査報告書)

 銀行と契約条件を見直したフィンテック企業の半数以上が値上げを余儀なくされた。

報告書は独占禁止法に違反する恐れのある事案はなかったとしたが、APIの接続料などを念頭にフィンテック企業が銀行と対等な立場で競争できる環境整備を求めた。

 

(8)「接続料を巡る交渉が難航する例」

 1)22年にはクラウド型会計ソフトを手がけるfreee(フリー)が楽天銀行とAPI連携を一時的に解消した。将来の価格引き上げリスクは新興企業にとって参入障壁となりかねない。

 2)銀行側は「安心、安全の維持にはコストがかかる」(メガバンク幹部)と主張している。口座の維持・管理にはセキュリティーなどさまざまな費用がかかる。銀行が自ら新たな金融サービスを模索するなか、フィンテックに「ただ乗り」されることへの警戒感もある。

 

(9)(電子決済等代行事業者協会代表理事の瀧俊雄氏)

 「システムのコストからAPI導入をやめる銀行が出てくる可能性があり、無償にするには政府による義務化を前提とした議論が必要だ」と指摘する。

 

 

(10)「フィンテック産業が経済成長のドライバーになる」

各国・地域がAPI無償化を進めるのは、フィンテック産業が経済成長のドライバーになりうるからだ。

(英国)

 大手銀行グループの寡占化が問題になり、次の成長に向けて大手銀行が持つデータを新興勢力に開放する措置をとった。

国際送金のワイズ(旧トランスファーワイズ)など大手フィンテックが育ち、API無償化など10年代半ばから本格化したオープンバンキングの先進的な取り組みが奏功したと分析されている。

 

(11)「米国の今回の改革には、オープンバンキングを成長モデルにつなげたい考えがある」

 「米国の制度は不便だ」。CFPBトップのロヒト・チョプラ局長はこう懸念を漏らす。口座の切り替え一つ取っても、新たな小切手の発行など手間がかかる。米国の今回の改革には、オープンバンキングを英国のような成長モデルにつなげたい考えがある。

(米調査会社グランド・ビュー・リサーチ)

 世界のオープンバンキングの市場規模が22年の200億ドル(約3兆円)から30年にかけて年平均で27.2%の高成長を続けると見込む。成長をけん引するのがAPIの普及だ。

国際競争を勝ち抜けるフィンテックをどう育成するか、日本も再考する時期にきている。

(ワシントン=高見浩輔、中村雄貴)

 

■「オープンバンキング2.0」の到来、世界の潮流と日本の現在地 瀧 俊雄 (マネーフォワード グループ執行役員 CoPAサステナビリティ担当 Fintech研究所長)(2023.11.13 日経XTECH)

 

 2023年は世界的に「オープンバンキング2.0」と呼ぶべきタイミングにある。

 

「オープンバンキング」

 銀行の顧客データなどをAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)経由で利用できるようにし、第三者の企業が銀行機能やFinTechサービスを拡張的に提供できる試みを指す。

 英国や欧州で2015年ごろから本格化し、日本でも2018年の改正銀行法の施行に伴って普及した。

 先進的な銀行がFinTech企業と提携して新サービスを投入したり、家計簿や会計ソフトなどを手掛けるFinTech企業が利用者の要請を踏まえて金融可視化ツールを提供したりできるようになった。

 

銀行などの抵抗

金融機関が専有してきた顧客関係を外部に開放する試みであり、既存顧客との関係が営業上の重要資源になっている銀行ほど、抵抗するのは当然だ。

諸外国は競争的で顧客本位なサービス環境を創出するという目的のために、こうした政策を推進してきた。政策の骨子は、銀行口座に対するアクセス権の付与を義務化したり、接続仕様の標準化を進めたりするものだ。

 

表 主なオープンバンキング政策の各国・地域比較(米国における規則案は未反映)

 

「典型例として英国の実例」

2000年3月に公表された「クルックシャンク・レポート」に代表されるように、英国政府は長年、銀行業の寡占状態や競争の欠如に対して問題意識を持ってきた。

このため、金融危機による銀行保護や金融業界における不祥事が起きるたびに、競争促進を目的にオープンバンキング政策を推進してきた。

銀行界はその都度、反対運動を展開してきたが、特に2012年に発覚したロンドン銀行間取引金利(LIBOR)不正操作問題などで生じた国民感情もあり、競争を促す方向で政策は一貫して強化されてきたといえる。

 

2017年「OBIE」設立

2017年には、英国の大手銀行9行が拠出する形で「OBIE」と呼ばれる団体が設立され、使いやすいAPI仕様のあり方を整備し、利用状況の進捗を見守るという活動も進んできた。

OBIEは、今や700万人がサービスを使い、利用者当たり1日5回のサービス利用に伴うAPIコールが起きるといった状況が生まれている。

 

欧州は当初の期待に十分応えられず

 

「欧州はオープンバンキング政策の発信地」

2017年にPSD2(改正決済サービス指令)を施行し、域内各国においてオープンバンキングに向けた金融法制の整備を義務付けた。

しかし、競争的な金融サービスの展開が力強く進展したわけではなかった。

 一般データ保護規則(GDPR)という情報法制上のアクセス権やポータビリティー権を確保している中にあって、当初の期待に十分に応えられなかった。

欧州委員会はこの反省を受けて、2022年5月にPSD2のレビューを開始し、2023年6月にPSD3の案を公開した。

 

2023年PSD3

PSD3は、口座データに対するアクセスを改めて義務化したり、より幅広い金融資産データを提供する事業者(投資、年金、保険、暗号資産事業者などを含む)へのアクセスを求めたりしている。

必要となる技術標準や無償で提供すべきインフラの範囲なども明確化しており、PSD2をさらに念押しして本格化する流れになっている。

早ければ2026年の施行を狙うとされるPSD3は、2017年施行のPSD2から10年に満たない時間軸で、法律としてのPDCA(計画・実行・評価・改善)が進んでいる印象を受ける。

 

米国は官からオープンバンキングが本格化

 

2023年「米国で銀行業にデータ開放を義務付ける規則案」公表

2022年以降、米国がオープンバンキング政策を官側から本格化している。

従来、米国におけるオープンバンキングは、米Plaid(プラッド)など民間が主導する形で進展し、政府の役割はほとんど意識されてこなかった。

 そんな中、米消費者金融保護局(CFPB)のチョプラ局長による2022年10月のアナウンスは大きな反響を呼んだ。

米国でも銀行業にデータ開放を義務付けると表明したのである。そして、1年後の2023年10月19日、その規則案が公表された。

 

2023年「米国で銀行業にデータ開放を義務付ける規則案」公表

2022年以降、米国がオープンバンキング政策を官側から本格化している。

従来、米国におけるオープンバンキングは、米Plaid(プラッド)など民間が主導する形で進展し、政府の役割はほとんど意識されてこなかった。

 そんな中、米消費者金融保護局(CFPB)のチョプラ局長による2022年10月のアナウンスは大きな反響を呼んだ。

米国でも銀行業にデータ開放を義務付けると表明したのである。そして、1年後の2023年10月19日、その規則案が公表された。

 

CFPBにとって、FinTech産業はバイデン政権の成立までは、基本的に金融産業に競争をもたらす善的な存在として受け止められてきた。例えば、P2P(ピア・ツー・ピア)ファイナンスの進展を後押ししたり、行政のあり方についても様々な消費者の声を取り入れたりしてきた。

 

「2010年ドッド・フランク法の1033条は消費者向け金融機関にオープンバンキングを義務付けていた」

こうした制度的な意図の中で、金融危機の反省として2010年に制定されたドッド・フランク法の1033条は、消費者向け金融機関に対してオープンバンキングを義務付けていた。しかし、この条項は規則整備が進まず、事実上の休眠状態に陥っていた。

 

ここにバイデン政権が本腰を入れたことで、欧州と同様にデータアクセス権を確保する流れが生まれているのである。