グローバルオピニオン 満足重視の「エゴノミー」やめよ (元欧州復興開発銀行総裁)ジャック・アタリ氏(24年4月4日 日本経済新聞電子版)

 

記事の概要

(1)「世界の多くの地域で、地政学、環境、金融、道徳、文明に関する危機が迫っている」

(2)「先進国では「明日は今日よりも悪くなる」「大惨事は不可避」という考えがまん延」

(3)「途上国の状況も芳しくない」

(4)「気候変動加速で食糧難、大量移民、水不足が生じ新たな戦争勃発リスクは高まる」

(5)「過去10年間の飛躍的な技術進歩で各産業部門における化石エネルギー使用量を大幅に削減した」

(6)「税制優遇措置と懲罰的規制で官民の投資ファンド、銀行、企業を呼びこむべき」

(7)「適切な税制と賢明な行動、国際的な政治決断で人々の行動を変化させよう」

(8)「将来世代の幸せへの関与が自分たちの幸せにつながり持続的な経済成長を取り戻せる」

(9)「道筋を主導すべき国連、G7、G20などの前途は多難」

 

 

記事

 

写真 Jacques Attali 経済学者。1981~91年、ミッテラン大統領の特別顧問。91~93年、欧州復興開発銀行(EBRD)の初代総裁を務めた。

 

(1)「世界の多くの地域で、地政学、環境、金融、道徳、文明に関する危機が迫っている」

程度の差はあるが、様々な脅威にさらされている国々では、誰もが無力感を覚えている。

例えば、地球温暖化、財政破綻、干ばつ、戦争などの問題に対し、我々は一個人として何ができるのだろうか。

 

(2)「先進国では「明日は今日よりも悪くなる」「大惨事は不可避」という考えがまん延」

他にもメディアや交流サイト(SNS)では取り上げられない問題がたくさんある。

しかし月末の資金繰り、不安定な雇用、子供の教育など、我々の多くは日々の雑事で忙殺されているのが現状だろう。

従って、特に大半の先進国では「明日は今日よりも悪くなる」「大惨事は不可避」という考えがまん延している。

この社会の空気感は戦争勃発のリスクを高めるとともに、短絡的な解決策を叫ぶ醜悪なポピュリズムの温床になる。

 

(3)「途上国の状況も芳しくない」

「グローバルサウス」という定義が曖昧な名称で呼ばれることもあるが、ロシアと中国の独裁者はこれらの国々に対して実現性の乏しいシナリオを説いている。

 

(4)「気候変動加速で食糧難、大量移民、水不足が生じ新たな戦争勃発リスクは高まる」

多くの問題の中でも、すべての国が優先課題とすべきは気候変動だ。

なぜなら気候変動への取り組みは、他の問題の解決策にもなるからだ。

気候変動が加速すると、世界で食糧難、大量の移民、水不足が生じ、新たな戦争が勃発するリスクは高まる。

万人に充実した教育を施すという夢の実現は遠ざかる一方で、危険な政治活動や違法薬物に関する組織は潤う。

 

(5)「過去10年間の飛躍的な技術進歩で各産業部門における化石エネルギー使用量を大幅に削減した」

諦めてはいけない。

途上国の住民が最初の犠牲者になる地球温暖化はまだ回避することができる。

過去10年間の飛躍的な技術進歩のおかげで、工業、サービス、農業、住宅などの部門における化石エネルギーの使用量を、直接的及び間接的に大幅に削減することができるようになったからだ。

また風力発電、太陽光発電、原子力発電、水素を利用する輸送手段など、持続可能なエネルギーを低コストで生産できるようにもなった。

 

(6)「税制優遇措置と懲罰的規制で官民の投資ファンド、銀行、企業を呼びこむべき」

これらの動きを加速させるには、民間企業と公的機関が生物多様性の回復や汚染製品の輸入制限のために資金を調達できるよう税制や会計の優遇措置を設けるべきだ。欧州連合(EU)の「排出量取引制度」や「炭素国境調整メカニズム」が参考になるだろう。

再生可能エネルギーを使って生成する水素の利用、二酸化炭素の回収、電子機器のエネルギー消費の大幅削減など、すでに有望視されている研究や技術革新は大きな潜在力を秘めている。

税制の優遇措置と懲罰的な規制を巧みに組み合わせることによって、官民の投資ファンド、銀行、企業を呼びこまなければならない。

 

(7)「適切な税制と賢明な行動、国際的な政治決断で人々の行動を変化させよう」

供給側には強い政治行動が求められる。この際に社会は短期的な利益だけが行動指針ではないことを理解する必要がある。そのためには「適切な測定指標」を設けなければならない。

先進国と途上国の双方において同じ時期に需要のあり方を変えることもできるだろう。消費者の一人ひとりが目先の満足だけを重視する「エゴノミー」から脱却するのだ。将来世代に資する消費へと移行する環境の整備が大切だ。

「まだ使用できるのになぜ捨てるのか」「レンタルできるものをなぜ購入するのか」。もっともな疑問の解消には適切な税制と賢明な行動、国際的な政治決断が欠かせない。窮地から抜け出すには問題の緊急性と深刻性に基づく人々の行動の変化が重要だ。

 

(8)「将来世代の幸せへの関与が自分たちの幸せにつながり持続的な経済成長を取り戻せる」

将来世代の幸せに関心を抱くことが自分たちの幸せにつながると全員が納得すれば、より良い国際社会が誕生するだろう。

これが公害を伴わない持続的な経済成長を取り戻し、世界の債務を削減して調和のとれた社会をつくる。

 

(9)「道筋を主導すべき国連、G7、G20などの前途は多難」

だが道筋を主導すべき国連、主要7カ国(G7)、20カ国・地域(G20)などの前途は多難である。