春秋(24年3月27日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)催花雨(さいかう)の先日、横浜の桜の名所である外国人墓地で、エリザ・シドモアの墓前に献花した。

桜を愛(め)でる日本人を愛し、ワシントンに日本の桜を植えるのに尽くした米国の女性紀行作家だ。念願かなってポトマック河畔で植樹式が催されたのは1912年のきょうだった。

 

(2)▼日露戦争を制した日本を警戒し、排日感情がくすぶっていた時代である。

河畔の桜を太平洋の両岸で信頼をつなぎとめるかけ橋にしたい。彼女の思いを日本の外交官が支えた。残念ながら後に両国は相まみえたが、桜の樹は残った。対立を乗り越えた桜は日米友好の象徴として今年も色づき、米国の人々を楽しませている。

 

(3)▼米国人を楽しませる存在といえば大谷翔平さんだ。

その彼が元相棒の不祥事で自らの潔白を訴えた。率直な吐露に聞こえたのは日本人のひいき目ではなかろう。日ごろの謙虚でクレバーな言動をみれば、本人が積極的に関与したとは思えないのは米国人も同じと信じたい。それでも厳しい見方があるのは野球の母国ゆえか。

 

(4)▼シドモアは排日移民法を定めた米国に失望してスイスに移住、新渡戸稲造と交友を深める。

新渡戸は「米国はときおり外国人に過ちを犯すが、いずれ自ら矯正する」と信頼を寄せた。新渡戸と同郷の大谷さんもそんな思いだろうか。傷ついた印象を払拭し、太平洋のかけ橋となるよう、全米でアーチをかけまくってほしい。