バイデン氏は「保守色」必要(インターナショナル・ポリティクス・コメンテーター) ジャナン・ガネシュ(24年3月20日 日本経済新聞電子版 フィナンシャル・タイムズ)
記事の概要
(1)「バイデン米大統領一般教書演説は、期待したのとは違う人たちが喝采を送り今もおくっている」
(2)「選挙の行方を決める無党派層の浮動票を逃がしているのに気づいていない」
(3)「穏健派と無関心層に向かってバイデンが左派代表でなく自分たちの代弁者だと確信させるべき」
(4)「まず財政支出の削減だ 世論はインフレに最大の関心を持っている」
(5)「有権者はどの問題でも賛否半々だがインフレでは明確にトランプに軍配」
(6)「国民の要望かどうか分からない計画はやめて財政再建に取り組むと誓えるかどうか」
(7)「世論は財政赤字の削減の方が移民問題よりも優先度が高い」
(8)「補助金や財政移転で効果がなかったが今度は原因は企業の強欲だとし価格に政府介入をもちだす」
(9)「壮大な計画や国境の壁撤廃など言い出さなければインフレで責任を問われなかった」
(10)「壮大な課題に挑むよりも有権者の要望に耳を傾けないとトランプ打倒はムリ」
記事
(1)「バイデン米大統領一般教書演説は、期待したのとは違う人たちが喝采を送り今もおくっている」
1962年、英国の当時の労働党党首は力強い演説をしたが、妻の言葉にショックを受けた。「期待したのとは違う人ばかりが喜んでいる」。左派のことだった。左派は熱狂したが、ほかの有権者には響かなかったと妻は評したのだ。
今月7日のバイデン米大統領の一般教書演説もよどみなく、力強いものだったが、期待したのとは違う人たちが喝采を送った(今も送っている)。
(2)「選挙の行方を決める無党派層の浮動票を逃がしているのに気づいていない」
演説は熱心な民主党支持者に向けられていた。彼らが喜んでいる姿を見てバイデン氏の関心が無党派層から離れれば、演説は悲惨な結果をもたらしたと歴史に刻まれるだろう。何といっても選挙の行方を決めるのは無党派層の浮動票だ。
(3)「穏健派と無関心層に向かってバイデンが左派代表でなく自分たちの代弁者だと確信させるべき」
再選を果たすには、バイデン氏はここ何年かを除きおよそ50年間続けてきたことを実行する必要がある。
民主党を怒らせることだ。2020年の大統領選でバイデン氏を信頼した穏健な有権者と政治に無関心な層に、同氏が左派を代表する大統領ではなく、自分たちの代弁者だと確信させなければならない。
(4)「まず財政支出の削減だ 世論はインフレに最大の関心を持っている」
それにはまず財政支出の削減が求められる。民主党はバイデン氏の財政拡張政策が政治的に問題になっているとは依然思っていない。よく考えてみよう。
写真 バイデン氏の一般教書演説は「悲惨な結果」をもたらしたと記憶されるかもしれない=ロイター
米国では21年8月中旬に初めてバイデン氏を支持しない人の割合が支持する人の割合を上回り、現在に至っている。何が起きたのか。
調査の直前、米軍がアフガニスタンから無秩序な撤退を始めた。とはいえ、いまだに撤退の仕方をとやかくいう人はほとんどいない。外交問題も多くの場合、米国の選挙結果を左右することはない。
より大きな理由と思われるのがインフレだ。
物価は21年春に急伸した。今はインフレ率が「低下」しているが、これは上昇ペースが鈍ったというだけで、近年上がり続けた物価が元の水準まで下がったわけではない。
(5)「有権者はどの問題でも賛否半々だがインフレでは明確にトランプに軍配」
重要な点はバイデン氏が世界のほかの首脳よりインフレでやり玉に挙げらる理由がある。
経済を過熱させるという警告にもかかわらず、とてつもない規模の歳出法案をいくつも成立させた。
民主党は大統領の人気がない理由を議論し続けているが、単純にいえばインフレのせいだ。
移民政策や外交上の判断や対応のまずさ、大統領本人の衰えも問題を悪化させたが、直接の原因ではない。
ほとんどの問題で有権者の意見がほぼ半々に割れているこの国で、インフレ問題では14%の大差でバイデン氏よりトランプ前大統領が支持されている。
(6)「国民の要望かどうか分からない計画はやめて財政再建に取り組むと誓えるかどうか」
バイデン氏は21年の積極財政を取り消すことはできない。だが再選後の2期目はもっと慎重な政策運営をするとは約束できる。議会共和党が協調姿勢を見せるなら、長期的に財政再建に取り組むとも誓えるはずだ。
民主党に対しては、バイデン氏は新たな大型財政出動は期待しないよう言い含める必要がある。これまでの巨額支出は、そもそも国民が求めていたのかという点や、現実的に必要だったのかという点がそれほど明確にはなっていない。
(7)「世論は財政赤字の削減の方が移民問題よりも優先度が高い」
今回はインフレだけではなく、連邦政府の財政の持続可能性も問題に挙がっている(米ピュー・リサーチ・センターが23年、大統領や議会が優先して取り組む課題を国民に聞いたところ、財政赤字の削減が約57%で移民問題より多かった)。
(8)「補助金や財政移転で効果がなかったが今度は原因は企業の強欲だとし価格に政府介入をもちだす」
ところが、こうした全ての状況が民主党をいら立たせる。
一般教書演説によると、生活費高騰の根本的な原因は企業の強欲さにあり、解決策は企業が価格を決める際に政府がいちいち介入することだという。これでは巨額の補助金や財政移転を伴う近年の経済政策の効果に批判も多く出ていることなど、到底理解するのは無理だ。
菓子メーカーに対し、価格は変えず1袋に入れる「ポテトチップの量だけを大幅に減らす」のをやめさせるのは高尚なことかもしれないが、インフレ問題に対処したことにはならない。
(9)「壮大な計画や国境の壁撤廃など言い出さなければインフレで責任を問われなかった」
バイデン氏は(第36代)リンドン・ジョンソン大統領以降、民主党出身の大統領としては最も大きなビジョンを掲げ、法案の成立にも優れた才能を発揮してきた。
しかしこの3年間、手をこまぬいていたら、支持率がもっと高かったのではないかと思える。少なくとも生活費の高騰や、政権発足当初の公約を撤回しメキシコ国境の壁の建設を再開する意向を表明したことに対し、これほど責任を問われはしなかっただろう(意味は不明。財政負担が大きい壮大な計画をつくったり国境の壁を取り壊すなどと言い出したりしなければ、支持率はもっと高かったはず、ということかしら?)。
(10)「壮大な課題に挑むよりも有権者の要望に耳を傾けないとトランプ打倒はムリ」
24年の大統領選の一義的な目的は20年と同じで、トランプ前大統領を倒すことにある。バイデン氏がそれ以上のことをなし遂げようとすればするほど、逆に最も重要な使命を果たせなくなる危険が増している。
これは驚くには当たらない。バイデン氏が多岐にわたる壮大な課題に挑んでいるのは誰の目にも明らかだった。もっとも同氏は有権者の要望にも耳を傾けなければならない。