エコノミスト360° ゼロ金利の呪縛を解くカギ 岩田一政 (日本経済研究センター理事長)(24年3月15日 日本経済新聞電子版)
記事
(1)要点「重要なのはデフレ後の正常均衡下での中立金利と、そこに至る金利の経路」
日銀によるマイナス金利解除のタイミングを巡る議論が活発化している。しかし、より重要な論点はデフレ均衡を脱した新たな正常均衡下での中立金利と、そこに至る金利の経路にある。
(2)「中立金利」
中立金利=貯蓄と投資がバランスする均衡実質金利(自然利子率)+正常均衡下の物価上昇率。
注意すべきは自然利子率が低下している経済では、中立金利のみならず新たな均衡下の物価上昇率も低下することだ。
(3)「日本の自然利子率と中立金利、正常均衡下の物価上昇率の3つのシナリオ」
第1のシナリオ
仮定(自然利子率が0%近傍で、正常均衡下での物価上昇率を2%)
この時、中立金利は2%になる。
このシナリオは、市場が解釈する日銀の見解に近い。
第2のシナリオ
仮定(自然利子率がマイナス0.5%で、正常均衡下の物価上昇率が1%から2%)
筆者の見解で、物価上昇率を1.5%とすると中立金利は1%
物価上昇率を1%とすれば0.5%である。
第3のシナリオ
仮定(自然利子率がマイナス1%であり、正常均衡下の物価上昇率を1%)
中立金利はゼロ。マイナス金利解除とともに金利面での正常化は終了する。
日銀は、再度のインフレ加速がない限り金利を上げる必要はないが、長期にわたる「ゼロ金利との闘い」を強いられる。
(4)第1のシナリオの難点「2%物価目標の前提となる賃金上昇率の達成が難しい」
2%物価目標の前提となる賃金上昇率の達成が難しいこと。
2%目標達成には所定内賃金のみならず、春季労使交渉(春闘)における定期昇給を除いたベースアップが3%程度必要とされる。仮に春闘での賃上げ率が4%になっても、その目標には達しないであろう。
国内総生産(GDP)でみた物価指標であるGDPデフレーターが、交易条件の変化などにより4%程度上昇するなかで、1単位の生産物をつくるのに必要な賃金を示す単位労働コストの伸びは0%近傍にある。
日銀の超緩和金融政策にもかかわらず、成長率は停滞し、GDPギャップでみた需要不足は解消されていない。実質賃金は前年比マイナスが続く可能性が高い。
(5)「0.5%の金利水準は、景気後退に備えるには不十分」
重要なことは物価上昇率が既にピークアウトし、25年度には2%割れすると予想されていることだ。
仮定(自然利子率がマイナス0.5%で、均衡物価上昇率1%)の下で、中立金利は0.5%。
0.5%の金利水準は、景気後退に備えるには不十分で「広義のゼロ金利」を脱し得ない。
(6)「望まれる物価目標の引下げ」
ゼロ金利の呪縛を解くカギは2つある。
第1
物価目標を、2%から1~2%へ引き下げれば、物価上昇率が2%を切っても金融正常化を進めることが可能になる。
第2
新たな成長を通じてマイナス領域にある自然利子率を0%以上に引き上げることだ。自由で開かれた国際経済秩序の下、先端半導体産業の再興と人工知能(AI)革新を基軸に、日本の情報通信産業再構築が求められる。