中国、日本EEZ内の尖閣沖観測ブイ使い複数の論文発表 活動を既成事実化、軍事利用も(24年3月11日 産経新聞オンライン無料版)

 

記事の概要

・「尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の日本の排他的経済水域(EEZ)内に中国が大型の観測ブイを設置している問題で、中国の研究者が、ブイの観測データを基に少なくとも4本の学術論文を発表していることが11日、分かった。ブイのデータを活用することで、尖閣周辺海域の管轄権の既成事実化も狙っているとみられる。また、ブイのデータは軍事利用されている可能性がある。」

・「2016年以降は日中中間線より日本側に入った位置で確認」

・「4本の学術論文を発表 2018年から2020年にかけて」

・「あのブイは中国の24基のブイで構成された観測ネットワークの一部である」

・「中国の係留型のブイを東大教員が高く評価」

・「中国海軍の軍事活動にも役立てる」

・「データは尖閣周辺に潜った中国潜水艦が活用している」

・「温暖化で水温が変化すれば、海上自衛隊の潜水艦ソナーのデータが役立たなくなっている」

・「政府は初動を誤った」

・「日本は海外からはEEZにおける管轄権を放棄したと見なされる」

・「今ごろ撤去すれば中国軍艦がでてくる」

 

記事(データアナリスト 西山諒)

 

地図 中国の研究者による尖閣沖の観測ブイ「QF209」のデータを使った論文の図

 

尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の日本の排他的経済水域(EEZ)内に中国が大型の観測ブイを設置している問題で、中国の研究者が、ブイの観測データを基に少なくとも4本の学術論文を発表していることが11日、分かった。ブイのデータを活用することで、尖閣周辺海域の管轄権の既成事実化も狙っているとみられる。また、ブイのデータは軍事利用されている可能性がある。

 

識別番号「QF209」

 

「2016年以降は日中中間線より日本側に入った位置で確認」

海上保安庁などによると、観測ブイは2013年に尖閣諸島の魚釣島の北西約80キロ、EEZの境界線である日中中間線付近で初めて確認された。その後、ブイが流される度に新しいブイが設置されたとみられ、2016年以降は日中中間線より日本側に入った位置で確認されている。政府は外交ルートを通じて中国側に抗議しており、岸田文雄首相は昨年11月の日中首脳会談で即時撤去を求めていた。

 

「4本の学術論文を発表 2018年から2020年にかけて」

産経新聞が論文検索サイトを使って調べたところ、尖閣諸島沖に設置されたブイに関連する英語の学術論文が2018年から2020年にかけて4本発表されていた。ブイは識別番号「QF209」とされ、中国の研究者がブイの観測データを使って気象予測などを論じている。ブイが日本のEEZ内にある時期に収集されたデータも含まれているとみられる。

 

「あのブイは中国の24基のブイで構成された観測ネットワークの一部である」

2019年に中国国家海洋環境予報センターの研究者が発表した論文では、QF209は24基のブイで構成された中国の観測ネットワークの一部として登場。QF209の観測期間は2013年2月以降としている。

またQF209をめぐる4本の論文は、他の論文に引用されており、中には26本の論文に引用されたケースもあった。

 

「中国の係留型のブイを東大教員が高く評価」

(東京大学大気海洋研究所の柳本大吾助教(海洋物理学))

「日本の研究者も掲載を目指す米国の科学雑誌も含まれている。東シナ海は台風や線状降水帯の予測において重要な海域で、貴重なデータがとれている。係留型のブイは、気象庁の漂流型のものと違い、時間変化するデータを同じ場所で細かく取得することができるという利点がある」と指摘する。

 

 

天気予報で領有権アピール

 

中国国家海洋局の2014年の文書によれば、QF209は直径約10メートルで、風速、風向き、気圧、気温、水温、波浪のデータを収集し、送信する能力がある。

 

「中国海軍の軍事活動にも役立てる」

中国の軍事ニュースサイト「新浪軍事」の2013年の記事では、高精度な地図の軍事転用を引き合いに出し、観測ブイも軍事と民生の両面で大きな意義があるとしている。

また香港英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストの2021年1月の記事は、国家海洋局当局者の発言として、係争海域にある新型のブイが装備しているカメラやセンサーを使い、他国による侵入とみなされる行為を察知した場合、中国海軍と法執行機関に通報すると伝えている。この記事では、潜水艦の安全な航行にブイのデータが役立つとも書かれている。

 

「データは尖閣周辺に潜った中国潜水艦が活用している」

2021年には海上自衛隊が奄美大島沖で中国の潜水艦を確認しており、こうした活動にブイの観測データが活用されている可能性がある。

 

「温暖化で水温が変化すれば、海上自衛隊の潜水艦ソナーのデータが役立たなくなっている」

(元自衛艦隊司令官の香田洋二氏)

「海中のデータは重要だ。水温が変わると、海中での音の伸びも変化する。地球温暖化で海水温が1度上がるだけでも、潜水艦の探知のために蓄積した過去のデータが無駄になることさえ懸念されている」と話す。

 

中国は、日本が2012年9月に尖閣諸島を国有化すると同時に、中国国営中央テレビ(CCTV)で尖閣諸島の天気予報を始めており、気象をめぐる情報が領有権を示す道具として使われている。

 

新型ブイは大型化、能力向上か

 

QF209と同じ場所へ2023年に設置されたブイは、識別番号「QF212」とされ、さらなる能力向上が図られているとみられる。中国メディアの報道や、衛星画像を使った分析を総合すると、新しいブイは直径が約15mと大型化している可能性がある。

昨年、中央軍事委員会の指揮下にある海警局の船舶は過去最多の352日にわたって尖閣諸島周辺の接続水域に入域し、うち42日は日本の領海に侵入した。ブイは海警局の船が出航する浙江省台州市と尖閣諸島周辺の接続水域を結ぶ航路上に位置している。

 

 

中国のブイを巡っては、フィリピンやベトナムも同様の問題を抱えている。フィリピンは同じ海域にブイを設置して応酬したり、漁師や沿岸警備隊が浮遊障壁を撤去するなどして対抗してきた。米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)の報告によると、ベトナムも1988年に中国のブイの設置を阻止するなど長年、中国と沿岸の領有権を争ってきた。

 

「政府は初動を誤った」

 

ブイが海洋警備や軍事に用いられる例は、中国以外でもみられる。米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)は「Oceans of Things」と称し、数千の小型フロートからなるセンサーネットワークを自国の沿岸に展開しており、搭載された高感度のマイクで水中の様子を監視している。

国連海洋法条約はEEZを管轄する国にしか構造物設置を認めておらず、科学調査には事前の許可が必要としている。同条約は、EEZの境界が未画定の海域についても、最終的な合意に向けて当事国同士があらゆる努力を講じることとしており、中国の一連の行動はこれと相容れない。

一方、撤去に関して明文化された規定がないこともあり、日本政府は10年以上にわたって対応できずにいる。

 

「日本は海外からはEEZにおける管轄権を放棄したと見なされる」

香田氏は「政府は明らかに初動を誤った。論文は米国の雑誌にも掲載され、国際法上の既成事実を与えてしまっている」と指摘。

「(侵攻に)徹底抗戦するウクライナと違い、国際社会からわが国の国際法上の権利であるEEZにおける管轄権を諦めているとみなされる。

「今ごろ撤去すれば中国軍艦がでてくる」

今頃撤去すれば中国は、対応策として自国の管轄権を守るためと称して軍艦を派遣する可能性もある」と厳しい認識を示した。(データアナリスト 西山諒)