「ここより上に逃げて」津波到達地点に桜２２１３本…植樹に協力したボランティアのべ８５００人（24年３月10日 読売新聞オンライン無料版）
記事の概要
（１）要点
岩手県陸前高田市に東日本大震災で津波が到達した地点沿いに点々と植えられた桜がある。
ここより上に逃げて――。
避難の目安を示すのが狙いだ。
（２）「桜ライン３１１」
（３）「自分が今やるべきことは、地元の人たちのために働くこと」就職内定を辞退し
（４）「犠牲者を追悼し、教訓を未来に伝えるために何ができるだろうか」
（５）「植樹には地権者の同意が必要」
（６）「84歳女性 明日もちゃんと生きなきゃいけないと思うようになった」
（７）「『次の大災害で被害を減らすか』という理念は、桜の木とともに広がりつつある」
記事
（１）要点
岩手県陸前高田市に東日本大震災で津波が到達した地点沿いに点々と植えられた桜がある。
ここより上に逃げて――。
避難の目安を示すのが狙いだ。
その数、２２１３本。ＮＰＯ法人「桜ライン３１１」（陸前高田市）の植樹活動に協力したボランティアは、この１３年間でのべ約８５００人に上る。悲劇を繰り返したくないと願う輪は、着実に広がっている。（野崎達也）
リンク 東日本大震災１３年、被災８市町が復興工事「完了見通せず」…首長３５人が「風化感じる」
「１万７０００本」の植樹を計画
写真 満開になった津波到達地点の桜（昨年３月３１日、岩手県陸前高田市で）＝桜ライン３１１提供
（２）「桜ライン３１１」
沿岸から約１・５キロの場所にある浄土寺の境内。「津波到達地点」と刻まれた石碑の傍らに、河津桜が立っている。
「桜ライン３１１」が２０１１年１１月に最初に植えた桜だ。暖冬の今年は、東北のこの地でもいくつかのつぼみが早くも開いている。
「桜ライン３１１」代表理事の岡本翔馬さん（４１）は「一本一本の桜に多くの人の思いがこもっている。大切に守っていきたい」と笑顔を見せた。
（３）「自分が今やるべきことは、地元の人たちのために働くこと」就職内定を辞退し
（「桜ライン311」代表理事の岡本翔馬さん）
岡本さんは大学進学を機に、古里の陸前高田を離れた。１１年３月１１日昼、転職活動先の東京都内のインテリア会社から内定の連絡が入った。「やった！」。思わず拳を握った。震災が起きたのは、その数時間後のことだった。
写真 津波到達地点に桜を植える活動を続ける岡本さん。「震災を乗り越えて未来へと歩む象徴に」と願う（２月１５日、岩手県陸前高田市で）＝富永健太郎撮影
両親とは連絡がつかず、古里の様子もわからない。
いても立ってもいられず、２日後に東京から車で現地に向かった。両親は無事だったが、実家の向かいに住んでいた幼なじみが津波で命を落とした。
見慣れた街から多くの建物が姿を消し、避難所は物資が行き届かず、混乱を極めていた。
「自分が今やるべきことは、地元の人たちのために働くことではないか」
古里に残ることを決め、内定先に断りを入れた。
（４）「犠牲者を追悼し、教訓を未来に伝えるために何ができるだろうか」
思いついたのが、総延長１７０キロに及ぶ市内の津波到達地点沿いに桜を植えることだった。「ここより上に逃げて」というライン。仲間ら１０人で同年１０月に「桜ライン３１１」を作った。線になるよう１０メートル間隔を目安にした。１万７０００本を植える壮大な計画が始まった。
「明日も生きなきゃいけないと思うように」
（５）「植樹には地権者の同意が必要」
「桜ライン３１１」のメンバーだけで植えるのにも限界がある。取り組みを広げることは、思いに共感してくれる人を増やすことでもあった。
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市内の一軒家で暮らす大坂芙美子さん（８４）は、震災で津波に巻き込まれたが、松の木に引っかかり、間一髪で助かった。
流失した自宅の跡地への植樹を「桜ライン３１１」から打診され、「ここに家を建てることもないから」と了承した。震災１年後の３月に桜が植えられた。
（６）「84歳女性 明日もちゃんと生きなきゃいけないと思うようになった」
大坂さんは、長男が中学生で亡くなり、次男も病気で震災の１年半前に３９歳で急逝していた。入院中で津波を免れた夫も少ししてこの世を去り、一人残された。
しかし、植樹後も桜の下にはボランティアが集い、「桜ライン３１１」のメンバーらが「ママ」と慕って跡地裏の高台に立つ現在の自宅まで会いに来てくれる。
「津波から生き残って良かったと思う瞬間はほとんどなかった。でも、どん底だった自分が、明日もちゃんと生きなきゃいけないと思うようになった」。桜は今を生きる人の希望にもなっている。
（７）「『次の大災害で被害を減らすか』という理念は、桜の木とともに広がりつつある」
９日にも市内のかさ上げされた場所に１３本が植えられ、これまでに植樹が行われたのは４２５か所で、２２１３本となった。協力したボランティアはのべ８４９６人に上る。
１２年からボランティアとして植樹会に参加している千葉県の会社員男性（４５）は「成長する桜と街の復興を見られるし、他の参加者や地権者の方たちと話をするのも楽しみ。目標達成まで参加し続けたい」と話す。
１万７０００本を植え終わるのにどれぐらいの時間がかかるかわからない。でも、岡本さんに焦りはない。「『次の大きな災害で、いかに被害を減らすか』という理念は、桜の木とともに広がりつつある」