定額減税、事務負担に苦慮 法案審議入り 企業・自治体「1回限り」でも改修 政権浮揚効果に影響(24年2月14日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)岸田文雄首相の肝煎り政策である定額減税を盛り込んだ所得税法改正案が13日の衆院本会議で審議入りした。減税開始まで半年を切り、企業や自治体からは事務負担への懸念が強まってきた。

国会論戦を通じて減税の意義や煩雑な事務作業の必要性について理解が得られなければ首相が期待する政権浮揚効果は得られない。

 

(2)「定額減税」

首相が2023年10月に打ち出した。

減税幅は所得税3万円、住民税1万円で1人あたり計4万円。夫婦と子ども2人の4人家族の場合、1世帯で計16万円の減税になる。

公務員や会社員などの給与所得者であれば24年6月に支給される給与やボーナスから源泉徴収(天引き)される所得税や住民税が減って手取りが増える。

減税規模は所得税で2.3兆円、住民税で0.9兆円となる。

 

(3)(国税庁)

1月30日、定額減税に伴う事務作業をホームページなどで周知した。SNS上で「減税は事務負担のことを全く考えていない」「ただでさえインボイスで大変なのに負担が大きい」といった投稿が相次いだ。

 

(4)実施時期が近づいて反発が出る理由の一つは政府が今回の定額減税について「1回限り」と主張している点にある。

(税理士法人山田&パートナーズの壽藤里絵税理士)

「企業には1回限りの減税のために給与計算などのシステムを改修する費用が発生する」と指摘する。

 

扶養調査必要に

 

(5)所得によって減税の仕方が変わる仕組みのため事務作業は複雑になる。

たとえば

会社員で6月の源泉徴収額が2万円の場合

 配偶者と子ども2人がいる4人家族であれば1人あたり3万円の所得税減税は合計12万円となる。このうち6月は源泉徴収額の2万円分しか減税できないため、残りの10万円分は7月以降の給与や賞与の税額から引くことになる。

こうした手続きは企業の経理部門が担わなければならない。

給与支払明細書にはその月の減税分を「定額減税額(所得税)3万円」などとも記載しなければならない。

 

(6)「普段の源泉徴収の「扶養親族」の人数と異なる場合がある」

源泉徴収で控除対象になる扶養親族の定義が16歳以上であるのに対し、今回の定額減税では16歳未満の子どもも減税対象になるといった違いも負担要因となる。

企業や事業主が毎月の源泉徴収額の計算に用いる「扶養親族」の人数と異なる場合があるため、定額減税の対象になる扶養親族の人数を改めて調べる必要がある。

 

(7)住民税を扱う地方自治体

 住民税は15日にも衆院本会議で審議を始める方向の地方税法改正案によって減税するため所得税とは仕組みが異なる。

 

住民税額は変則

 

会社員の場合、6月から25年5月までの住民税額から減税分を差し引いた税額を11カ月分に分ける。その分割額を24年7月から25年5月まで毎月徴収する変則的な方法をとる。

地方自治体は住民一人ひとりの税額を計算して勤め先の企業などに通知を出すのが一般的なため、自治体は定額減税を受けた税額を計算する手間がかかる。

こうした複雑な手法は単月の源泉徴収額が4万円に満たない所得の人でも1人あたり4万円の減税を受けられるようにするために導入する。

 

(8)

(壽藤氏)

公平性に配慮した仕組みであるものの、壽藤氏は「所得税は企業の経理担当者や会計事務所、住民税は自治体への負担が大きい」と話す。

(立憲民主党の馬場雄基氏)

13日の衆院本会議で、政府の定額減税に関して制度が煩雑で企業や自治体の現場に大きな負担を強いると訴えた。「事務コストが莫大だ。仕事がどれほど増えるか確認した上で制度設計したのか」と指摘した。

物価高支援は即効性のある給付で対応すべきだとも提起した。

 

(9)

減税は首相が打ち出した当初は、実施までに時間がかかる点に「給付措置にすべきだ」との批判が出ていた。

23年10月の補欠選挙の投票日直前に検討を指示したことで野党から「選挙目当てだ」との指摘が相次いだ。

 

(10)

日本経済新聞社の23年11月世論調査で減税方針について政府が「適切な説明をしていない」との回答が8割を超えた。世論受けはもともと良くない。

内閣支持率が2カ月連続で30%を割り込んだ岸田政権は春季労使交渉での賃上げと6月からの定額減税で支持率を反転させるシナリオを描いている。

衆院解散・総選挙や秋の党総裁選での再選をにらんだ布石だ。このまま企業や自治体などから事務負担への不満が噴き出し続ければ首相が想定する展開にはならない可能性がある。